フロンティアハンター・前編
a side story ビッケ篇
ヒプノック狩猟後
一体どこまで根回しが進んでいたのかしら、とビッケはあきれたものだが、ヒプノック討伐以降の狩猟依頼の舞い込み具合といったらなかった。彼女は出ずっぱりになり、ポッケ村の方はすっかりグランの弟子のラルフに任せきりとなってしまっている。
「まあ、こっちの事は任せておけよ」
とラルフは言ってくれているし、ラルフの弟のルイスもめきめきと力をつけてきてるとの事で、どうもこの辺りも織り込み済みだったらしい。
なんだか拍子抜けというか、ちょっと寂しい感じもするビッケだったが、村長に言わせればこうである。
「ハンターというのもいろいろであろうの。ラルフなどは外を見てこいと言っても乗り気にならん。代々雪山にあってその地を守ってゆくのがやつの思うハンターなのじゃろうな。逆におまえなどはわしらが放っておいても外が放ってはおかぬわけじゃ」
村長はそこで言葉を切り、いつもの様に杖でたき火をつつき回して「調子」を見る。
「おしなべてこの世というものは、とどまるものと動くものの天秤が上手く取れている事が肝要じゃ。皆が皆とどまってしまえば流れが止まり、ものは閉じてしまう。かといって、皆が皆動き回っては張れる根も生まれなかろう」
確かに。その「動き」である今回のビッケのGクラス狩猟への移行は、彼女ひとりだけでなく、村全体を大きく動かしていた。
武具屋のアトゥカなど、ビッケがメタペタットへ発つと同時に自分はドンドルマへ上り、半月以上かけて新しい武器・防具の動向と、Gクラス武器・防具に関する情報を得て来るとともに、今後のための繋がりをあれこれ作ってきたそうだ。
集会所にはビッケのGクラス狩猟を取りまとめるための、ほとんど専属となる受付嬢が付き、狩りのためのアイテム一般を扱う店も、それ相応の品揃えの強化が図られた(これはあのグラニーが「渡り」をつけているらしい)。
大体Gクラスハンターを生み出した村、という事で各地へもポッケ村の名が知れていくわけで、これまであまり注目される事のなかった「狩り場」としての雪山への興味も上がって来る。ギルドの方からは、これまでひとつしかフィールドを持たなかったフラヒヤ山周辺も複数のフィールドを持つ狩り場へと拡張するための調査の打診なども来ているそうだ。
「ほっほっほ。この村もしばらくは騒がしい事になりそうだの。しかし、それで良い。新しいものが流れ、残るものは残り、去るものは去るじゃろう。換気のようなものじゃ」
そういうことらしい。
ビッケはというと、ここしばらくの間はドンドルマ管轄のGクラス指定の狩り場を週ごとに巡回していたようなものだ。その中にはイャンクック大量発生の討伐依頼や、巨大昆虫の大発生を駆逐するものもあり、新たにGクラス仕様のクック防具を揃える事ができたし、母の武器庫にあった虫素材の武器を強化する事もできた。
しかし、なんと言ってもモンスターが強力である。話には聞いていたものの、勝手知ったるイャンクックやダイミョウザザミを相手にしても、Gクラス指定の個体は気を抜けば即座に命を落としそうな攻撃力を持っていた。
ファーはファーで「休め」と言ってもついてくるので(「旦那さんが行くならボクも行くのニャっ!」)、最近は自慢の真っ白な毛並みも少々くたびれ気味である。
そんな事もあって、西へ東へとどたばた引っ張られるのは少しお休みして、そろそろ腰を据えてこれからGクラスの狩猟を続けていくための装備なんかを計画的に考えなきゃ、と彼女は思っていた。
ハンターのお休み
ビッケが休まないとファーも休まないので、ある夜、彼女は翌日の「完全お休み」宣言をした。渋るファーをつれて村の温泉に行くと、一緒にどぼんとつかる。
はじめは不満そうな顔をしていたファーも、よほど疲れがたまっていたのかすぐに湯の中で船をこぎ始め、家へ帰る頃にはなんだかぐんにゃりしていた。
これが功を奏したようで、翌朝早くに起きた彼女が村の下を流れる川へ魚釣りに行って帰ってみると、ファーはまだぐっすり寝ていた。試しに耳をつついてみると、ぱたぱたとその耳を動かした後、前脚でその耳をなで、何事かつぶやくと寝返りを打ってそのまま寝つづける。もう日が昇ってずいぶん経つのに、見事な熟睡ぶりである。
ファーはそのまま寝かせておく事にして、ビッケは料理に取りかかった。朝の釣りでは、サシミウオがたくさん釣れた。とりあえず全部を「開き」にすると、そのほとんどは保存用ということでマリネにする。
塩で押した後、オイルレーズンの油とパニーズ酢を混ぜた中につけ、スライスした棍棒ネギとパピメルレモンをその上に乗せた。これを深皿に何層にも重ねて出来上がりだ。クック豆からできる塩辛いソースをつけて食べると大変おいしい。
保存のための料理なのに作ったそばから食べたくなってしまうのがマリネの欠点だ、と常々ビッケは思っているのだけれど、そこは我慢して次に取りかかる。
昨日大きい鍋に作り置きしてあった野菜スープをに火にかけ、暖まると「お冷や」にしてあった大雪米を入れる。
次は残りのサシミウオを串に刺し、白焼きにする。ファーの分はそこまでで、自分の分はさらにタレを付けてもう一度炙った。
最後に両方に振りかけようと、すり潰したマタタビの粉の入った瓶の蓋を開けたとたん隣でがたんと音がしてファーが飛び起きた。フンフンと鼻を鳴らしながら台所に姿を現す。見事なものだ。
そのちょっと豪勢な朝食兼昼食をすっかり平らげてしまうと、ファーに「夕方まで遊んでくる様に」と厳命して送り出し、ビッケはたまりにたまった洗濯物に取りかかる。大きなかごにどっさりと洗濯物を積み上げ、家の前から出ているゴンドラに乗り、村下の川沿いにある「洗い場」へ向った。
「あら、ビッケちゃん来たよ!」
洗い場には村の者が何人か来ていて、すでに盛大な洗濯大会になっている。薄手のものはみんなまとめてざっと水に通した後、皆で踏んづけてやっつけてしまうという大胆な「洗濯」だ。
ビッケも簡単なものはそこにお願いして、自分は汚れた包帯や三角巾を丁寧に洗い出した。
普通ならここでの洗濯は洗い物を踏んづけながら村に伝わる古い歌が順々に歌われるにぎやかなものになるのだが、今日は違った。みな、ビッケに話して聞かせたくてしようがない話がたくさんたまっているのだ。
「ちょっとビッケちゃん知ってるかい?あんたすっかりこの辺の商隊の連中の間で人気もんだよ」
「え、商隊の方にですか?」
ビッケは心当たりがない。ここしばらくの連戦でも商隊がらみの依頼、というのはなかったはずだが…。
「そうなのよ。あんたがGクラスハンターになったってだけでも噂になるのに、連戦連勝じゃない?」
「はあ」
「だからさ。商隊の連中が、ビッケちゃん乗っけると運が向くんだとかなんとか言っちゃってさあ。あんたこの間テロスの方へ行ったろ。あの時の商隊の隊長なんか、わざわざ日程を入れ替えてあんたを乗っけていける様に名乗りを上げたって話さ」
「ホントですか?…あたしは何も…」
「ホントもホントさ。うちの宿六が酒場であの隊長さんが話してんとこ直に聞いたって言ってたさ」
「なに言ってんだい」
また、別のおかみが話し始める。
「商隊どころの騒ぎじゃないのよ。あんたがいない間にやってきたドンドルマからのハンターがなんて言ったと思う?」
そう言うと何やら「物真似」らしい大仰な手振りを加えて続ける。
「私めはドンドルマの地より参上いたしました、なんとかかんとか(忘れちまったよ)にて候。私めこの地に優秀なハンターがおると耳にいたしまして一目お目も…何だったかね、おも?お目文字?うかがおうとまかり越して候。…そうろう、そうろうだよ?でね?…こほん。ヴィクトリア殿と申すのはどちらに、って言うんだよ。殿だよ、殿!」
大げさな身振りの物真似に皆笑い、ビッケも笑った。なるほど、彼女があちこち飛び回っている間も村は話題に事欠かない、という感じなのだろう。村長が言っていた事が思い出される。
そんな話題が次から次へと持ち上がり、洗濯場が大盛り上がりをしているうちに大量の洗濯物も片がついてしまった。
まだ尽きない話が飛び出る中、皆でゴンドラへ向かう。「マフモフは後でうちに持って来な。次の狩りに出てる間にきれいにしておいてあげるから」と言ってくれるおかみに礼を言い、ビッケもうちへ戻った。
大物が片付いたので後は家の中の散らかったとこを片付けたらひとまずは良い。ビッケは洗濯物をすっかり干してしまうと、狩りへ出たり入ったりで散らかっているアイテム回りをのんびり片付ける。
やがて日が傾き、そろそろ夕飯の準備を…と思っていたとき、ファーが戻ってきた。ひさびさのお休みですっかり元気になった様で、はねる様も活き活きとしている。そのファーが告げた。
「旦那さん。シャーリーが集会所へ来て欲しいと言ってるニャ。なんかちょっと変わったお話みたいだニャ」
とのことだった。変わった話、というのがなんだか分からなかったが、とりあえず行ってみるしかない。ファーにも夕食は集会所でとりましょう、と言って彼女は出かけた。
フロンティアハンター
「あらビッケ。いらっしゃい」
早かったわね、と言ってシャーリーはくるんと回ってみせた。
ビッケのGクラス狩猟へのシフトにあわせてこの村に呼ばれた受付嬢である。南エルデの方の出身とかで、顔つきも北の方とは違って「彫り」が深い。しかし何よりどう見ても「昨日まで狩り場でした」と言った具合の立派なガタイがおよそ受付嬢らしくないところである。
本人のぎこちなさに合わせる様にスカートもちょっとぎこちなく広がってみせた。微笑ましいというかいじらしいというか。
問いただしたわけではないがシャーリーはただ者ではない。多分、狩りの腕前で言うならビッケより上だ。昔噂が立ってしまって「受付嬢=ギルドナイツ」の図式はなくなった、というのが巷の見解だったが、どうもそうでもないらしい。シャーリーは今、一般人と見分けのつかない立ち居振る舞いをここポッケ村で練習している、とかそんな具合なのだろう、とビッケは思っていた。
「ビッケはフロンティアハンターって知ってる?」
シャーリーはビッケとファーが席に着くとそう切り出した。
フロンティアハンター。
ハンターの活躍する狩り場は、モンスターの移動や人の進出によって日々変化を必要としている。「狩り場」そのものとして長い伝統を誇る地域もあるが、それは全体から見たら限られた一部だ。ギルドには日々未踏査区域への調査依頼が舞い込み、そこへはハンターが派遣される。
すでに狩り場となっている地域の隣接地域であれば、気候風土も生息するモンスターも似たり寄ったりなので、通常のハンターに依頼が行くのだが、従来とまったく違う地理条件への調査はそうも行かない。ギルドの精査によって選抜されたハンターがその任に当たる事になる。
それがフロンティアハンターだ。
彼らの任務は討伐ではなく調査である。が、条件が条件であるので「何と出くわすかも分からない」危険がつきまとう。ことによったら未だ誰も知らないモンスターが目の前に現れる、という事にもなりかねないわけだ。
彼らはギルドのバックアップのもと、通常の狩りよりも厳重な装備の携行を許され、新フィールドの開拓を行う。具体的には2セットの武器・防具の携行が可能である。フロンティアハンターは、調査具合に応じて武器・防具を切り替えながら、より安全な調査を行っていく。
「でさ」
シャーリーはフロンティアハンターについてかいつまんで説明すると、話を本線へ乗せる。
「調査地域は『樹海』。この前ビッケが行ったメタペ密林の奥になるのね。あそこはもうずいぶん前から調査の必要が唱えられてきたとこなんだけど、ちょっとワケありでさ。でも、ヒプノックみたいな良く分かんないモンスターが周辺地区へ出てくる様になっちゃったんで、もうのんびりと構えてもいられないってわけなのよ」
「ワケあり…例の『竜の横溢』と何か関係が?」
ビッケはずっと胸の底にわだかまってた「何か」が刺激されて思わず質問する。母さん達が数年に渡る調査でその原因を特定できなかったメタペタットの竜の横溢。その「震源」が湿密林のさらに奥にあるのだとしたら…それはウォルフの予想でもあった。
「お、さっすがね。そうそう、そうなのよ。ウォルフがなんか言ってた?実はね、もう『樹海』地域はかなりの部分に調査の手が入っているのよ。でね、その最後の調査に気になる報告があったの」
「気になる報告…」
「うん。その報告によるとね、そのハンターが調査したエリアからずいぶん離れたところにとんでもない巨木が見えたというのよ。それがもう信じられない事に回りの普通の樹木の二十倍からの高さってのよ?信じらんないでしょ?普通の樹が10メートルとしたって200メートルの高さってことになるわ。そんなの普通じゃないじゃない。だから…」
「竜の横溢の中心…」
「じゃないかって」
「それを、あたしが」
「うん。ほらビッケからしたらずいぶん縁のある話じゃない?それにウォルフがずいぶん推したらしいわよ。ヒプノックの一件での初見のフィールドに対応するビッケの手際は大したもんだったって。まーあのおっさんも…」
「シャーリーさんはウォルフさんを良くご存知なんですか?」
「…あ、あー、いやいや、ちょっとね。ちょーっと昔知り合いで…」
こうなるとハンターとしての履歴を隠すつもりがあるんだかないんだか疑問なところである。これでも「練習中」なんだろうか。
「で、どうする?火山の方なんかと違って地形的な危険は少ないと思うわ。いざとなったら走って逃げりゃ何とかなるって気もするし…受ける?」
すっかり自分が受けるかどうかという思考を口にしながらシャーリーは問うた。これはもう考えるまでもない。とビッケは思う。
「はい、受けます。それで、詳細は…」
そういう事になり、後はシャーリーから細かな日程や注意なんかを教えてもらった。頃合いを見計らった様に、集会所付きのアイルーが夕餉になる品を運んできてくれた。
(樹海、竜の横溢、巨木…)
ビッケは夕飯を口に運びながら、ぼんやりとイメージにもならないイメージが頭の中を漂っているのを見つめていた。
諸注意
・グラン
ゲーム中のティガにやられて引退を余儀なくされたハンターの事です。作中では、ビッケの両親があちこちへ出かけている間と、狩り以外の点で忙しくなってしまってからの雪山を守ってきました。ここしばらくはビッケと自分の弟子のラルフに雪山を任せていたわけです。
・ラルフ
ビッケよりも年上で、ビッケにしてみればお兄さんみたいな存在です。ティガレックスを単独で討伐してのける腕前を持ちますが、ラルフは雪山から出ない質なので、ハンターのクラスとか言ったものには頓着がありません。主にランスを用います。
・シャーリー
Gクラスの受付のオネイさん。名前もゲーム中そのままです。
無印ミナガルデの受付嬢ベッキーがギルドナイツであるという設定は公式のものです。シャーリーもそれに習ってという事で。
南エルデ地方はラティオ火山(いわゆる火山)の南の、ここまでのモンハンの世界では最南端にあたる地域。第二期の小説中にはこの地域に「マンテ」という街が出てきますね。
・フロンティアハンター
中の人がMHP1stをやっている時に思い描いていた「未来のモンスターハンター」の一部がこんなものでした。ちなみにそのゲーム名の仮称としていたのが「モンスターハンター・フロンティア」(笑)。その後本当にこの名前のモンハンが出てきたときはたまげましたが…あいにくフロンティアハンターは実装されてませんでしたね(笑)。
大まかには作中に解説したようなシステムを想定してまして、無印由来の狩り場・クエストを「ギルド直轄地」として、その周辺に狩り場を増やしてリニューアルしていく、という仕組みを考えていました。そうしたらオリジナルの「核」としてのモンハンを保存したまま広げていけんじゃないかなと。
で、その広げ方として、いきなり新フィールド公開、とするんじゃなくて、フロンティアハンター達がその新フィールドへ赴き(勿論何の情報もない、地図も表示されない)、その調査率(採取したりなんだりがカウントされていく)が一定の値まで加算されると一般ハンターに公開となる、みたいな。フィールドもエリア間の「通路」が確定していないという事ですからその時々で行けたり行けなかったりというエリアが(調査期間中は)あり、新モンスターとエンカウントして追っかけても追っかけきれない(倒せない)とかね。新モンスターの「噂」もフロンティアハンター達の公開する情報「のみ」から明らかになってって「なんかこんなんがいたっ!」「ウオオ!」みたいな。だめかしら?