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ドラゴン:ギリシア

雑記帳:た行

前置き1
ドラゴン、ドラゴンと連呼してましたが、この言葉を生み出したのがこの古代ギリシアです。「ドラコーン」ですね。詳細はこの頁最後に述べますが、これが怪物的な大蛇のたぐいをあらわし、ローマからその後のヨーロッパ文化の基層を成すラテン語に入っていったのです。

そういったわけで、いわばドラゴンのオリジンである土地・ギリシアなのでして、確かに色々怪物的な竜蛇どもがいます。託宣の地を守護するピュートーン、ギリシア神話史上最大の戦いでゼウスに敵したテューポーン、黄金の林檎の木を守るドラゴン・ラードーン、囚われの姫アンドロメダーを救うべく構えるペルセウスへ襲いかかる海龍。ヘーラクレースへの試練として行く手を塞ぐヒュドラー。有名なドラゴンたちが目白押しですね。

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ペルセウス

んが、思うにギリシアの竜蛇の本質とは、もっと地味な所にある。かつて日本を舞台に蛇神が封神されていく過程を見ました。そして、その封神の後に小さなミシャグチ(シャクジン)の神が各地の神社の脇に封神以前の古代へのゲートとして設えられ、拡散していく模様を見ました。

同じ様なことが、ここギリシアでもあったのではないかと思うのです。それは蛇巫女のイメージを通して、より古い大地母神を祀る信仰にまで届くアリアドネーの糸です。ですんで、無論上にあげたドラゴンたちも紹介しますが、お話は少々回り道をしつつ進むことになります。

前置き2
ところでこのギリシアの神々を語る「ギリシア神話」ですが、ギリシア神話を紹介する本というのは巷にあふれてますが、そもそも『ギリシア神話』という本というのはあるのか?と言いますと、あります。

およそBC1C代にアポロドーロス某の書いた『Bibliotheke』がそれです。某と言ったのはこの人物が何者かさっぱり分からないため。博覧強記の人ではあった様で内容も大変なんですが、重要なのはこのアポロドーロスの『ギリシア神話』が他の、特にローマで編纂されたものと比べて大変「ギリシア的な」空気を伝えている所にあります。すでにローマへ入っての逆輸入的な影響もあったであろう時代ですが、アポロドーロスはギリシアの地に伝わってきた様式以外は頑なに顧みないでこの『ギリシア神話』をまとめたのです。

われわれが一般に「ギリシア神話」として読むものはローマに入った後、あるいはもっと下った欧米で再編集されたものが元になっておりまして、大変「ローマンティック」、つまりはマイルド調整がなされているものなのです。これがアポロドーロスの『ギリシア神話』となりますと、大変に荒々しい。良く言えば直裁なのです(悪く言えば野蛮です)。人によってはギリシア神話と言うと一番偉い神様がエラい助平であちこちの女神をコマしまくる神話……くらいにはご存知かもですが、これはこのゼウスに限った話じゃないのです。もうページをめくるごとに犯すは寝取るは煮るは焼くはの大騒ぎです。

0623s.jpgこの辺り、先に行って困惑されない様に、ちょっと先に「ローマンティック」成分を削っておきましょうか。申し訳ありませんが古式に則って(笑)、アプロディーテー女神様にさらし者になっていただきます。ローマで言う女神ウェヌス(ヴィーナス)ですな。
世の「ギリシア神話」の底本になっているブルフィンチの『ギリシア・ローマ神話』のアプロディーテーとアドーニスのお話を要約するとこんな感じ。

ある日アプロディテが息子のクピドと遊んでいますと、クピトの矢(いわゆるキューピッドの矢)がアプロディテの胸を傷つけてしまう。その傷が癒えぬうちにアドニスという青年を見かけてしまったので当然恋に落ちますな。天上界のあれこれをあっさり捨ててアドニスのもとへ一直線のアプロディテ。かつてはその美しさを守るために日なたにも出なかったのに、アドニスと共に狩りをするために野の獣を追い回す始末。
しかし、アドニスはある時一頭の大猪に挑み、返り討ちにあって死んでしまう。嘆き悲しむアプロディテは運命の女神を呪い、アドニスの亡がらに神酒を振りかけました。するとアドニスの血と神酒が泡を立て、赤い花・アネモネになりました。風が吹くと花が咲き、もう一度吹くと散ってしまうというはかない花、アネモネはこうして生まれたのです。

はかないお話ですね。これが本家の『ギリシア神話』ですとこんな具合。こちらは訳文のまま。

(前略)
しかしヘシオードスは彼(アドーニス)をポイニクスとアルペシボイアの子と言い、パニュアッシスは、娘スミュルナの父たるアッシリア王テイアースの子であると言う。この女は、アプロディーテーを崇拝しなかったので、その怒りによって父に対する恋に襲われ、自分の乳母を共謀者として、何も知らぬ父と十二夜の間臥床をともにした。しかし彼はこれを知るや刀を抜いて彼女を追った。女はまさに捕えられんとして、神々に姿を消すことを祈った。神々は憐れんでスミュルナと呼ぶ木にその姿を変えた。十ヶ月の後にその木が裂けていわゆるアドーニスが生まれた。アプロディーテーは彼の美貌ゆえに未だ幼い彼を神々に秘して箱の中に隠し、ペルセポネーにあずけた。しかし彼の女神は彼を見た時に、かえそうとしなかった。ゼウスは審判の結果一年を三分し、アドーニスはその三分の一を自分の、三分の一をペルセポネーの、三分の一をアプロディーテーの所に留まるべく命じた。しかしアドーニスは自分の分をもアプロディーテーに加え与えた。後アドーニスは狩猟中に猪に突かれて死んだ。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

といった感じで、アドーニスの死なんかはどうでもよろしくて、女神が美少年を取り合うというお話なのでした。大体こちらのアプロディーテーは気に食わないと無茶な相手に恋をさせたり、夫婦だったら引き裂いたりして破滅をもたらすというおっかない女神なのです。はっきり言って『ギリシア神話』の中に誰かの幸せのためにアプロディーテーがその愛をもたらす能力を使ってる所なんて一つもないですね(笑)。

レームノス島の女はアプロディーテーを尊奉しなかった。そこで女神は女どもが臭気を発するようにしたので、そのために夫たちはトラーキアの近傍の土地から捕虜の女たちを得てきて、彼女らとともに寝た。侮辱されたため、レームノスの女どもはその父や夫を殺害した。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

こんなです。以下もあれこれこんな調子ですから「ローマンティック」なギリシア神話が念頭にある方は驚きません様。

前置き3
ところでところで、只今古代ギリシア学というのは大変な激動期にあります。ぶっちゃけ「つけ」を払わないといけなくなってきてるらしい。

近現代の欧米の学会は、古代ギリシアをヨーロッパ文化の源泉(「白人」文化の源泉)として扱おうとするあまり、ほとんど「歴史の捏造」と断ずべきことをやってきてしまったのだ。ギリシアってのはエジプト文化の末端じゃないか(アテネとナイル川河口は直線距離で東京・福岡ほど)。神聖不可侵のラテン語だってセム系言語の影響下にある言語じゃんか、パルテノン神殿なんかルクソールのミニチュアじゃないの。

0623q.jpgと、マーティン・バナールという学者が前世紀末にぶち上げまして(「ブラック・アテナ」プロジェクト)、喧々囂々、至る現在。

神話系をやってる人たちにとっては「今更ナニ言ってんの?」な話でして、こちらの世界ではギリシア神話がエジプト・小アジア方面からの影響が大変大きいというのは常識です。後に出てくる「救われる姫」のアンドロメダーにしたって、「エチオピアの姫」です。その母のカッシエペイア(カシオペア)だってアフリカンですよ。アテーナー女神も、一方はウガリットの戦女神アナトでしょうし、蛇巫としての側面はリビア・エジプトからでしょうね(後述)。全然白人アーリア人ではないのです。

と、いうわけで。要は近現代の欧米で書かれた古代ギリシアの資料は、そういった白人史観でできてるので注意が必要です、ということです。もっとも『ブラック・アテナ』にしても少々ケンカ腰に過ぎてムリがある所もありますが……それでも古代ギリシアがアーリア文化であると考えるよりはセム系オリエント文化の最外郭だと考える方がよほど自然、ということに変わりはないでしょう。

前置き4
今回はちと順序を入れ替えまして、先頭からじゃなくて中盤から公開していきます。先頭に「大地母神」からなる少々煩雑なパートが入るのですが、その前にギリシアのイメージを見直していただこうということで、その次の次の章となるアテーナイの成り立ち神話から行きます。

大地母神  

古代ギリシアの哲学者プラトンは、この世とは高次のより完成された世界の影であると考えました。この高次世界を「イデア」と言います。で、その「イデア」なんですが(哲学論ではありませんのでご安心を)、これはもともと母なる神のおわします山を指したのです。

ギリシア神話では最初の神々は天空の男神ウーラノスと大地の女神ゲー(ガイア)との間に生まれる。と言ってもウーラノスは大変影が薄いのでして、大概女神ゲーから生まれ、またその子のクロノスとレアーの間から生まれるといった感じです。レアー(レイア)というのはクレタ島では大地の女神を指しますのでゲーと同じですね。

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アテーナーにエリクトニオスを授けるゲー

この大地の女神がローマに行きましてラテン語でなんと呼ばれるかと言うと「イダ(イーデー・イデア)の神々の大いなる母」。このイダというのが山の名でして、プリュギアやクレタ島にこの名の山があるのです。プリュギア(フリギア・プリギュア)というのは今のトルコ西部ですね。トロイアの東、「オリエント1」で述べたヒッタイトの北西にあたります。この辺り一帯に、こういった「大地母神」の信仰が広く強くあったようです。

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関連都市
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日本を重ねるとこの位

オリエントなどでは世界は原初の水から生まれる、というイメージが強く、この原初の水が大蛇であったりしました。メソポタミア・エジプト共に、ティグリス・ユーフラテス、あるいはナイルの大河の畔に発生した文明ですからさもありなん、という感じでしょうか。

0626h.jpg一方でより北に行きますと、木々が生い茂り、大河はありませんで、神も生き物も母なる大地から生まれる、となる。左の写真はギリシアの女神アルテミスです。無論古い様式です(人気があるので本家のエフェソスではかなり後までたくさんコピーが作られましたが)。「ギリシア神話」が確立し、オリュンポスの神々の体系に組み込まれる前の姿ですね。狩猟の神アルテミスはもともとこういった大地母神として祀られていた。ぶどうみたいにやたら房がついているのは乳房です。スカート(?)には色々な動物が埋め込まれている。と言いますか動物たちが次々生まれ出ているのです。大地がたくさん動植物を生み出すように、また、それらが良く育ちますように、という願いがこの像になっている。

0626g.jpgこの古いアルテミス像はプリュギアの地などにその祖型がありまして、今度左の写真がプリュギアの女神キュベレー。より「大地母神」の起源のイメージに近い、洗練されていない姿です。こういった女神がギリシアからクレタ島(女神レアー)、アナトリアにかけて信仰されていたのです。

大地を母とし、それを祀る、というのは大体世界に共通しまして、日本でもそういった土偶が縄文時代によく見られるのはご存知でしょう。つまり、農耕・牧畜以前の狩猟時代・旧石器時代からの標準的な信仰の形、ということです。そして、この女神信仰が『ギリシア神話』の男神ゼウス以下に連なる神々への信仰へシフトするポイントに、人の歴史の大きな転換期があるのです。

母系女権社会
ここでいきなり話は「脳」へと飛びます。
実は人の脳というのは男性脳と女性脳で結構違います。
ヒトの脳はご存知のようにでかくなりすぎる過程で右と左に分裂してるのですが、間をつなぐ「脳梁」の大きさ(太さ)が男性脳と女性脳では結構違うのです。女性脳は脳梁が太い。

すなわちヒトのオスというのは根本的に分裂気味であると言えます。右脳と左脳の連絡がよろしくない。アタマの中に作ったものと目の前の自然との連絡を上手く取れないのです。要はアタマの中のルールと目の前の現実との違いが分からない。逆に言えば、目の前の自然(現実)ではなく、アタマの中に構築されたルールに外側を合わせようとする傾向がある。女の方から見たらくどくど言わなくても一目瞭然ですね。この点「女は非論理的で、秩序立ったことができない」とか言っちゃう方は猛省しましょう。生物として見た時に奇形なのはヒトのオスの方です。

それはさておきまして、この傾向が古代に見える死生観のシフトポイントに大変関係があるのです。

あるポイントまで、人は死んだら「大地に帰る(海に帰る)」という具合に「自然」なイメージを持って死者を埋葬していた。単純に穴を掘って(横穴を掘って)埋葬する。または海(川)に流す。それは母なる大地へと帰っていく。

そしてまたその母なる大地から生命たちは生まれてくる。例えば旧石器時代の狩猟生活の趣を劇的に伝えるラスコーの洞窟壁画がありますが、あれは、ああいった洞窟を母なる大地の子宮であると考え、そこにたくさんの動物を描くことによって母なる大地がたくさん生命を生んでくれるのだと、そういった信仰の表れなのです。

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ラスコーの洞窟壁画

定住後の人々はその一族の住まう土地の「要」を重視します。そこが大地母神との通路となる。清水の流れ出る源泉や、暗く深く続く洞窟がそういうポイントだと考えられた。これは平野に人々が広く住むようになる過程で人工物でも表されるようになり、日本では「神社」が端的にそれを示します。神社は上から見ると本殿が子宮、参道が産道、鳥居が女性器という構造になっているのです。

しかし、これがいつしか「地面の上」に「墳墓」を構築していくのです。母なる大地に帰るのではなく、「あの世・天上界」といった人の頭がこさえたイメージへと死後旅立とうとし始める。今の人が持つ「あの世観」は決して「母なる大地」じゃないですね。天国でも何でも「どこか」にあるものだとイメージする。それはどこかと言うなら自然の世界にないものなら人の頭の中にあるしかない。

このシフトが大体新石器革命を境に起こりまして、特に文字の発明・伝播を受けて文化の継承性に拍車がかかりますと際立ってくるのです。これすなわち女性脳的世界観から男性脳的世界観へのシフトと見て良いでしょう。つまり、古くは母系女権社会であった集団が、父系男権社会へ移行した、その様子が、この埋葬形態のシフトに表れていると考えられるのです。

0626f.jpgここでちょっと脱線して面白いお話を。
日本のサル学の話なんですが、昔の教科書にはサルども(ニホンザル)は大きな強いオスが群れのボスとなって猿山で皆を従える社会形態を持つ、と書かれていました。多分今はそうは書かれていません。違ったんですね。
かつて、サル学の現場(要はサルたちの観察)にいる調査員がみんな男だったころ、調査員たちは「メスのサルの見分けがつかなかった」というのです。オスのサルは分かる。でもメスはみんな同じように見えて分からない。

これが時代が下りまして、サル学の現場にも女性研究員が増えてきた。で、あろう事か彼女たちには「オスのサルの見分けがつかなかった」。しかし、メスのサルは分かる。まるで男性研究員と逆なのです。

そしてサル学はひっくり返ってしまった。オスが群れを統率していると考えられてきたのはまるで間違いで、サルの群れはメスによって継続していくのだということが分かったのです。オスは群れの要どころか「群れ落ち」してぐるぐる群れの間を回っている。

これが分からなかったのは古い研究はサルたちを餌付けして観察していたからでもありました。サルは餌付けされる環境では確かにオスのボスザルを頂点にしたヒエラルキーを作るのです。しかし、餌付けされない自然の状態のサルたちが観察され、そこに女性調査員の「目」が入ってサル学はひっくり返ったのでした。

サルとヒトよりもオスどうしメスどうしの方が縁が深かったというのも中々考えさせられますが(笑)、興味深いのは「餌付けによってオス中心のヒエラルキー社会へ移行する」サルたち、というところですね。新石器革命の農耕・牧畜の発明とはヒトが自らを餌付けした状況と言えなくもない。そして始まる母系女権社会から父系男権社会への移行。なるほどヒトもサルのうち、ということでしょうか。

(立花隆『サル学の現在』参照)


さて、これが上に述べた大地母神の信仰からオリュンポスの神々へのシフトと呼応します。ギリシア界隈というのは古くは母系女権社会だった。大地の母神を祀る巫女の集団が社会を動かしていた。戦うのも女だった。女戦士の集団「アマゾーン」がどこに出てくるのかと言ったら『ギリシア神話』に出てくるのです(後述)。

そして、そんな母系集団の中で大地母神との連絡経路を取り持つのが「蛇」だったのです。

ギリシアの蛇
竜蛇はどこいっちゃったのさ、という感じですが、上に見た大地母神のおわする空間がかつて日本で見た「ミシャグチ空間」に同様のものであることは想像に難くないでしょう。そして、ミシャグチ空間からやってくるモノは蛇でした。オリエントでもそのような「あちらの空間」と「こちらの空間」を生死の境なく行き来できるのが蛇であるという認識があったのでしたね。

では、ギリシアではどうか。このギリシアの蛇もまたそのようなイメージであったのです。

ある日、クレータの王ミーノースの子、グラウコスが大甕に落ちて死んでしまった。息子の姿が見えなくなったミーノースは大捜索をしたのですが見つからない。そこで巫女に伺いを立てると、ポリュイドスが見つけるだろうとされる。

そこで(ポリュイドスは)子供を探すことを強いられ、ある種の占いによって発見した。しかしミーノースが生きたままでなくてはならないと言い、彼は死骸とともに閉じ込められた。大いに困惑していた時に、蛇が死骸のほうへ行くのを見た。もし死体に何か害が加えられては、自分もまた殺されるかもしれないと恐れて、石を投げつけて蛇を殺した。ところがもう一匹の蛇が来て、先の蛇が死骸となっているのを認めて立ち去り、後ある草を持ち帰ってきて、他の蛇の身体全体に乗せた。草が置かれたかと思うと蛇は生きかえった。これを眺めてポリュイドスは驚き、同じ草をグラウコスの身体にあてて生きかえらせた。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

蛇が不死のコードを持っていますね。この後に行きますと、このお話が「大甕の中」でのドラマであることが重要となります。ちょっと覚えておいてください。
そして、この蛇がギリシアにおいては予言をもたらす生き物なのです。

メラムプースは田舎に住んでいたが、彼の家の前に一本の樫の木があって、その木には蛇の棲んでいる穴があった。召使いどもが蛇を殺してしまったが、メラムプースは木を集めてこの長虫を焼き、蛇の子供を養ってやった。蛇が大きくなった時に、彼の眠っている間にその両肩に立って舌で以て両方の耳を清めた。彼は起きあがり、かつ大いに驚いたが、頭の上を飛んでいる鳥の声がわかった。鳥から教わって人々に未来を予言した。そのうえ犠牲の獣の臓腑による占いを習い、アルペイオス河のほとりでアポローンと出遇って、その後彼は並ぶ者ない予言者であった。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

さらに、アテーナーの裸を見てしまったかどで盲目にされてしまったという有名なテイレシアースの話があります。彼は盲目にされる代わりに鳥の歌声を理解する能力を授かって予言者となった、とされるのですが、一方でその盲目と予言の力の由来には蛇絡みの伝承もある。

ヘシオードスの言によれば、(テイレシアースが)キュレーネー山中で蛇が交尾しているのを見、これを傷つけたところ、(テイレシアースが)男から女になり、再び同じ蛇が交尾しているのを見て男となった、それゆえにヘーラーとゼウスとが女と男のどちらが性交に際しより大いなる快楽を感ずるかについて口論した時に、(男女双方を知っている)彼に決定を乞い、彼は性交の喜びを十とすれば、男と女との快楽は一対九であると言ったので、ヘーラーは彼を盲となしたが、ゼウスは彼に予言の術を与えたのであるという。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

なんだそうな。再度交尾する蛇を目撃するまでには結構間があるのでして、その間テイレシアースは「女として」生活していたのですね。
いずれにせよ蛇は予言のコードを持つのです。予言とは「あちらの空間」からもたらされる知恵に他なりません。つまり、蛇は大地母神の空間とこちらの予言者(巫女)との間をいったり来たりする「お使い」なのです。

古くはこれは予言ではなくて「託宣」と言われました。デルポイの託宣が有名ですね。デルポイもアポローン神殿がありまして、別名アポローンの託宣と言われますが、アポローンがデルポイに入る前からそこは託宣の地でした。アポローンはその託宣の地の巫女を守る蛇竜「ピュートーン」を倒してデルポイを自分のものとしたのです(後述)。つまり、デルポイとはもと蛇に守られた、蛇に仕えた巫女の地であったということです。

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ピュートーンとアポローン

父系男権社会へ移行して後の成立であるオリュンポスの神々の系譜、『ギリシア神話』では予言の多くもまた男神・男性を通して行われますが、その古層には上に見た母系女権社会の名残である蛇に仕える巫女たちが託宣の中心にいるのです。

この蛇を通して大地母神へ託宣を乞う巫女たちの姿が次の鍵となります。では、ギリシア神話の、オリュンポスの神々の体系が構築される前のギリシアの信仰を伝える「蛇巫の系譜」を追っていくことにしましょう。

蛇巫の系譜  

クレータ島と蛇の女神
クレータ島で発見されたこの像は、蛇の女神であるともそれに仕える巫女であるとも言われましたが、今では女神像であると一考えられています。が、その風俗が巫女のものであったのもまた違いないでしょう。この像のような風俗があったとされるのはおおよそBC17Cのこと。ギリシア本土ではまだ「ギリシア風」な文化が起こる前のことです。

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蛇の女神像

ギリシアの歴史を大雑把に概観しますと、まず新石器時代からの村落が点在する期間が長くあり、そこをエジプト中王国時代の拡張・続くヒクソス人によるエジプトの拡張を受けて、クレータ・ペロポーネソス半島にエーゲ文明が発達。BC12Cに東地中海世界を一変させた謎の多い「海の民」の活動により、このエーゲー文明が衰退し、以後「ポリス国家」として歴史を刻むことになる、という感じ。

0628h.jpg従来はこの「海の民」による衰退期を境に、それまでの純朴な土着のギリシアの先住民を北からアーリア人が侵入・征服してギリシアができた、というイメージでした。これはギリシア語が印欧語であることに由来します(逆に言えばほぼそれだけです)。印欧語族(アーリア民族)の北からの侵入無しにギリシアは成立しないとされてきたのですね。んが、これに先立つエーゲ文明で用いられていた、いわゆる「線文字B」が(左上写真・文字はギリシア文字ではないですが)言語の体系はギリシア語に他ならないことが解読により判明し、「ギリシア語」のスタートは遡ることになります。

実際上に見たエジプト・ヒクソスエジプト由来の(と言うよりかなり直接的な入植)クレータやミュケーナイの文化が線文字Bでギリシア語を記述していた以上、アーリア人の征服説は怪しくなりますな。オリエント地方でもヒクソスや、アナトリアの民族は印欧語系が入っていますから、そういった「オリエントの印欧語族の一環」としてギリシアもあったのかもしれません。

いずれにせよ、BC10Cから下る時代と言うのはギリシア人によって「人の歴史」として語られる時代ですから(ホメーロスがBC9C)、ギリシア「神話」というのはこのエーゲ文明期のギリシア一帯の出来事の反映だと思って良いでしょう。アナトリアやレヴァントなどでは「海の民」による従来都市の破壊を受けて後、意外と素早い復興が都市単位で成されていたことが分かってますから、ギリシアも結構エーゲ文明時代から(オリエントとの直結は断たれながらも)連続しながら各ポリスは発展していったのだと思われます。

さて、そんな神話時代のギリシア・エーゲ文明を良く示すのがクレータ島の文化です。クノッソスの迷宮・牛人のミーノータウロス・アリアドネーの糸と、どれも一度は耳にしたことのあるお話でしょう。クレータ島はこれらの舞台となった島です。

詳しいこと、というのは何も分からないのですが(線文字Bは広域商業のための文字で、文化・神話などの記述はない)、注目ポイントはこのクレータが「牛の王神」を戴く文明であったことです。それそのものはエジプトにせよ、レヴァント・「オリエント2」で見たウガリットのイル神にせよ(あるいはインドのインドラに至るまで)、「牛の王」そのものはオリエントでも標準的な信仰なんですが、じゃあ最初の蛇の女神は何だ、ということです。

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クレータの蛇の女神

従来はこれを、古い母系の大地母神の信仰(竜蛇神)を、父権の王権を戴く勢力(牛頭の神)が征服していったのだ、としていたのですが(竜神と牛神の関係は大体こう描かれる)、このクレータを見ますと前項のミーノース王のように王は結構巫女に依存している。「蛇の巫女」とは書かれてませんが、その後の蛇による再生の秘法の開示の流れからして、キーとなっているのは蛇です。

後に見るように、ギリシアの英雄・王・神というのはここ一番で皆巫女に託宣を受ける。要は占いを政策としていたわけですが、これは別に特殊なことではありません。中国の甲骨文字も占いから発生したのですが、あれはまた殷の政策決定活動でもありました。日本の平安時代にも「占い師(陰陽師)」の安倍家(土御門家)が台頭しますが、政策上の意思決定が占いというのは良くあったことなのです。これは現代の政治家が美人占い師に献金するとかいう漫画的なイメージとはまったく異なります。

王が神に等しい(等しくなければならない)条件下では、人(臣下)が進言すること自体がそのシステムを破綻させてしまうのです。人に進言される神というのはよろしくない。が、現実問題として王がすべてを取り仕切ることはできない(たまにできちゃった超人的な王が神となるのですが)。そこで、「占い」という手法で、王に神意を示すのです。王は「その通りである」と、神の代理としてそれを承認すれば良い。要はハンコですね。そういった「神としての王」と「政策決定の占い」というコミュニケーションの輪があったのです。

余談ですが、今の占いだって同じですよ(未来が知れるわきゃないですから)。「あんたアタマかたいですね」と直に言ったら喧嘩になるところを「今日の蠍座は頑になってしまう傾向があるのでご注意」とやるわけです。

クレータにもそのような王と巫女の関係があったと思って良いでしょう。単純に巫女の血統を王が征服した、ということではないと思われます。確かに大地母神を信仰する母権集団から「王」による強力な統治システムを持つ父権制への移行はしたのですが、それは○×で変わったのではなく、協調関係の後、徐々に父権優位になっていった、という感じでしょうか。

それが、次のデルポイの神託へのギリシアの王たちの依存が示すギリシア文化の有り様です。

デルポイとピュートーン
図像的にはクレータの蛇の女神のようなものはありませんが、来歴として「蛇の巫女」の時代から王の時代への移行を良く示すのがデルポイです。「デルポイの神託」としてギリシアローマの「ここ一番」で必ず出てきるところですね。このデルポイの神託はこの地を統べる神アポローンの予言を巫女が受ける、というものなのですが、これがもともとはそうではなかった。

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デルポイはこういった山間にある

この地はピュートーンという大蛇が治めており、デルポイもまた古くは「ピュートー」と呼ばれる地でした。この大蛇は大地の女神ゲーの子、ないし分身であるとされ、仕える巫女たちは「ピューティアー」と呼ばれました。この辺り『ギリシア神話』には次のように語られます。

彼は最初にホプレースの娘メーターを、次にレークセーノールの娘カルキオペーを娶った。しかし子供ができなかったので、彼は兄弟を恐れてピューティアーに赴き、子供を得る方法について神託を乞うた。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

アポローンはゼウスとヒュブリスの子パーンより予言の技を学び、デルポイに来た。その当時はテミスが神託を与えていた。神託を守護していた蛇のピュートーンが彼が地の裂け目に近づくのを遮った時、これを退治し、神託をわがものとした。暫く後に彼はティテュオスをも殺した。彼はゼウスとオルコメノスの娘エラレーの息子であった。ゼウスは彼女と交わった後ヘーラーを懽れて彼女を地下に隠し、その腹の中にあった巨大な身体の子供ティテュオスを光明の世界に連れて来たのである。彼はピュートーに来たレートーを見て、情慾にかられて彼女を引き寄せた。しかし彼女は子供たち(アルテミスとアポローン)に助けを求めて呼び、彼らはティテュオスを射倒した。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

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アポローンとピュートーン(16C)

上は詳細は割愛。デルポイがピューティアーと呼ばれていた、という例です。下はアポローンがデルポイを掌握することになった次第。テミスというのは女神で、ゼウスなどより前の世代のティーターン族の女神(ティーターニス)。クレータのレアーなどと同じ(姉妹となる)、古い女神です。続くティテュオスのくだりでもデルポイがピュートーと呼ばれているのが分かりますね。

さて、このデルポイはまた「世界の中心」であるとされていまして(「デルポイ」そのものは「子宮」の意味)、そのものズバリの「世界のへそ」というのが据えられていたのですが、これをちょっと見ていただきたい。

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デルポイの「世界のへそ」

次にこちら。

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クレータ島から多く出た大型の甕

だから何だと言われますと、また「なんでしょね」ということなんですが(笑)。デルポイの「世界のへそ」はギリシアの各地に多く見られる「オンファロス」という石神信仰の一環とされます。もとは隕石を祀ったのだとも、ゼウス以前の古い神とコンタクトをとるためのゲートなんだとも言われる。日本の石神と良く似たポジションでしょうか。

これが(以下眉唾警報)、クレータの甕に似てるのはどういったわけか。これはこの甕で蛇を飼った、とするときれいにつながると思うのです。クレータでは実際蛇を飼っていた跡は見つかっており、管状の土器や皿状の土器が、そのための器具だったと考えられています。上の大型の甕は収穫した木の実なんかを保存するためのもの、とされまして、この中で蛇を飼っていた痕跡というのはないようなんですが、どう見ても蛇っぽい。

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クレータの甕の模様

実際アナトリアの方では壷や甕の中から蛇の死骸が見つかっており、また、ギリシア一帯に穀物を保存する倉に蛇を飼う風習(ネズミ避け)があったことも分かってる様です。その様な倉を守る蛇が「甕の中の託宣の蛇」になり、エーゲ文明から伝わり、デルポイの世界のへそ(託宣の中心)と象徴された、というのはどうでしょう。前項で見たクレータの「復活する蛇」のお話、ポリュイドスのドラマは「大甕の中」で行われたのです。

アポローン以降、主のピュートーンは封じられましたが、その大蛇は「世界のへそ」に封じられて象徴されつづけたのです。デルポイの巫女はこの「世界のへそ」の中にある空間からの声を聞いたのだとも言われます。

0628l.jpgいずれにしてもこの託宣をギリシア各地の王たちは頼みとし、デルポイの地には各都市からの奉納の品を納める倉がたくさん建っていたと言います。トロイアへ挑むオデュッセウスにも、オイディプース王の悲劇にも、ペルシア戦争時のアテーナイにも、ソクラテスにもその託宣は下されました。

しかし、そもそもこの託宣とはどんなものだったのか。これが今ひとつはっきりしないところでもあります。

蛇巫女
占いというのは大雑把に分けますと「兆候を読む技術」と「トランスするシャーマン」の別になります。兆候を読む技術とは殷の甲骨を用いた「ひび割れを読む」占いとか、地面に落ちてるものの「配置を読む」占いとか(土占・ゲオマンシー)です(星座占いもこれにあたる)。要は知識による占いですね。一方のトランスシャーマン系は、何らかの方法(薬物や特殊な呼吸など)によってトランス状態に陥った巫が神懸かりになり託宣を述べる、というもの。たとえばインドのヴェーダはソーマ(神酒)によってトランス化した神官の発言を書き取ったものとされますが、ソーマとはベニテングダケだったろうと考えられています。

蛇というのはどちらにも絡む。蛇の蛇行が地面に残す跡を読む、というのもあったでしょうし(前述の「禹歩」などはおそらくこれに由来する)、蛇を体中にまとわりつかせるようなものはトランス系としか思えない。

で、思うに「自ら蛇に噛ませてトランス化する」方法があったのじゃないか、ということなのです。実際ギリシア神話でも蛇に噛ませることが「医術」に関係するのです。

(アポローンは自らの交わった女コローニスの浮気を使者の鴉に告げられ)
アポローンはこれを告げた鴉を呪って、それまで白かったのを黒くし、女をば殺した。彼女が焼かれている時に火葬台より嬰児をひき攫って、ケンタウロスのケイローンのところへ連れて行き、子供は彼のところで育てられる間に医術と狩猟の技とを教えられた。そして彼は外科医となり、その術を非情に研鑽進歩させて、ある者の死を妨げたのみならず、死者をもよみがえらせた。アテーナーよりゴルゴーンの血管から流出した血を得て、左側の血管より流出せる血を人間の破滅に、右側よりのを救済に用い、これによって死者を蘇生させた。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

0628q.jpgこれが医学の神として後「へびつかい座」として祀られることになる「アスクレーピオス」です。もっともこの死者を蘇らせる力のおかげで冥王ハデスの怒りを買ってゼウスに討ち滅ぼされちゃうんですが。
彼は一説、未開の地へ行って、蛇(毒蛇)に人を噛ませ、その人がどんな薬草で自分を治そうとするのかを見て各地の薬草を知っていったとされます。結構ひどいヤツです(笑)。でもこの伝ですと「蛇により薬草を知る」という前項で見たクレータのポリュイドスと同じモチーフでもありますね。直接「蛇に噛ませて治療する」というお話も伝わります。どういった仕組みかは…分かりませんが。

そんなわけで彼は蛇使いであり、彼の象徴となる杖には蛇がまとわりつき、これは「アスクレーピオスの杖」(蛇杖)として現代でも医の象徴にありますね。アスクレーピオスの杖は蛇一匹で、蛇二匹のヘルメースの杖「ケーリュケイオン(カードゥーケウス)の杖」とは違います。

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医の象徴は左

いずれにしても注目すべきはアテーナーとゴルゴーンです。彼女らが絡んでアスクレーピオスは蛇の術を使う。

医とは古くはまた巫の技でした。身体に下す託宣が医なのです。アスクレーピオスの蛇の技もまた蛇による託宣に他ならない。そしてそれはゴルゴーンに由来する。

ここで先ほどの「蛇に自らを噛ませてのトランス」に戻りますが、この結果が蛇巫女の末路を良く表すように思うのです。託宣をし損ねた巫女は死んだ。それは責任を取って死ぬ、というよりも「託宣をし損ねる」=「蛇の毒が回る」という失敗なのではないか。毒が回って(おそらく神経毒系)身体が硬直してしまう、これがゴルゴーンにまつわる「石化」のイメージのもとなのではないか。

デルポイの巫女は大地の裂け目から噴出するガスを吸って神懸かりになり、託宣をしたとされますが、今のところデルポイの遺跡からそういったガスの噴出跡は発見されていないのです。これを「古い神の息吹に触れ」と解する向きもあるのですが、そうなりますと単にトランスすることを表していることになる。古い神・大地母神へのアクセスをその化身の蛇に自らを噛ませることによって執り行う。筋は通ってる気がしますが。

ま、全体的に「どうでしょうね」としか言い様がないですが、このイメージが大地母神からクレータからデルポイを結ぶアリアドネーの糸になるやならざるや。結構きれいにつながるのは確かでしょう。

では、つづきましてはこのアスクレーピオスへ蛇の技をもたらしたアテーナーとゴルゴーン姉妹の一人、メドゥーサの検討へ進みます。彼女たちもまた蛇巫女の系譜なのでしょうか。

そういえば、アポローンによって征服された蛇巫女の地デルポイですが、託宣をするのはやはり巫女だったですね。そこではアポローン自身でさえ、男の姿でいることはできなかったのです。巫女としてのアポローン。この図像が語るものは大きいでしょう。

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デルポイの女装のアポローン

アテーナイ  

歴史的にはBC20C頃登場したらしいアテーナイはBC10C代はドーリア人の覇権の影に耐え忍んでましたが、ポリスへの集住(シュノイキスモス)からBC6Cのソロンの改革あたりを皮切りに海上交易の要衝として栄えはじめ、ペルシア戦争に勝利するとギリシア随一のポリスとなります。後、これに反発するスパルタとのペロポネソス戦争(BC5C)の折、疫病の蔓延があったりでこれに破れ、衰退。一時国力を回復するもBC4Cにはマケドニア傘下に編入され、続いてはローマ支配下となりやがて東ローマ帝国の一地方都市となります。

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アテーナイ

「世界史」に出てくるアテーナイはそんな感じで、ギリシア文化の中心にして代表的なポリスなんですが、この都市が神話として伝えたその成り立ちが興味深いのです。

大地の子で、人間と大蛇の混合せる身体をもっていたケクロプスはアッティカ初代の王であって、それ以前はアクテーと呼ばれていたこの地を自分の名によってケクロピアーと名付けた。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

これがアテーナイの始まりです。この後、神々が誰がこの新しい都市の神となるかを競い、人々にオリーブの木を与えたアテーナーがポセイドーンに勝ち、アテーナーの都市、アテーナイとなったとの由。ポセイドーンは負けた腹いせにこの地を水没させてしまいます。だからアテーナイの周りは海だらけ、なんだそうな。

0623e.jpgその辺はともかく、このケクロプスが初代の王です(左写真)。蛇身の王ですね。「大地の子」というのは大地の女神ゲー(ガイア)の子ということです。しかし父がいない。

で、この父(ケクロプス)を継いだ息子は若くして死んでしまうのですが、その後王となったクラナオスもまた「大地より生まれた」と書かれています。そしてそのクラナオスを追放して次に王となったのがアムピクテュオーン。彼はデウカリオーンの息子であるとも、またまた「地より生まれたもの」であるとも言われます。

デウカリオーンというのはギリシア神話の洪水伝説を箱船をもって生き延びた人間。聖書のノア、ギルガメシュ叙事詩のウトナピシュティムにあたります。一緒に妻のピュラーも箱船で助かってまして、その息子がアムピクテュオーンということです。この際、デウカリオーンとピュラーはゼウスに何でも望みのものを与えようといわれ「人間」が生じることを願い、頭越しに石を投げたら人間が生まれた、ということなので、そうなりますとアムピクテュオーンは「地より生まれた」となります。

この妻ピュラーの母がパンドーラー。パンドラの箱のパンドーラーです。パンドーラーはなんと言いますか「人造(神造?)人間」です。かつて「女」がいなかった人間の世界にゼウスがこれを与えようとして鍛冶の神ヘーパイストスに造らせた。このヘーパイストスつながりである点が後で重要です。

そして次が有名なエリクトニオス。彼は次の様な来歴で生まれ、王となります。

アテーナーが武器を作る目的でヘーパイストスの所に赴いた。ところが彼はアプロディーテーに棄てられていたので、アテーナーへの欲情の虜となり、女神を追いかけ始めた。女神は逃げた。非情な苦労の後に−−と言うのは彼は跛(ちんば)であったからである−−女神に近づき、交わらんとした。しかし彼女は慎ましやかな処女であるから、彼に応ぜず、彼は女神の脚に精液をまいた。彼女は憤って、毛でこれを拭きとり、地に投げた。彼女が遁れ、精種が大地に落ちた時に、エリクトニオスが生まれた。彼をアテーナーは不死にせんものと神々に秘して育てた。そして彼を箱に入れて、ケクロプスの娘パンドロソスに、箱を開くことを禁じた後、あずけた。しかしパンドロソスの姉妹らは好奇心に駆られて箱を開き、赤児を巻いている大蛇を見た。一説によれば彼女らはその大蛇によって滅ぼされたとも言い、また一説によればアテーナーの怒りのために気が狂い、アクロポリスより投身したとも言う。アテーナー自身によってこの境内で育て上げられて、アムピクテュオーンを追放し、アテーナイの王となり、アクロポリスにあるアテーナーの木像を立て、パンアテーナイア際を創設し、水のニムフなるプラークシテアーを娶り、彼女の腹より一子パンディーオーンが生まれた。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

0623f.jpg順番に行きます。
まずヘーパイストスというのはオリュンポス十二神の一人にして、ゼウスの妻へーラーが独力で生み出したとも言う鍛冶の神。ゼウスに連なる神々の前にヘカトンケイル(百手巨人)族、一つ目巨人のキュクロープス族が大地の女神ゲー(ガイア)と天空の神ウーラノスの間に生まれていますが、このキュクロープス族を従えて神々の武器防具その他よろず雑貨一般まで作るのがヘーパイトスです。後に出てくるアイギスの楯(イージスの楯)を作ったのもヘーパイストスですね。

彼は大変醜い顔をしており、また両脚が不自由だったので母神ヘーラーから疎んじられ、妻アプロディーテーにも冷たくされた。上で「跛(ちんば)」と書かれてるのが脚の不自由さを示す語ですが、いわゆる差別語に引っかかるのですかね、今は。しかし「跛行(はこう・ひこう)」というのが大変重要なのです。醜男・跛行というのは金属加工を生業とする民族が伝説化する際に高確率でついて回る特徴なんですね。そしてその金属の鉱脈を掘って回る穴は「蛇の穴」「ムカデの穴」などとされ、竜蛇とつながるのです。

0623r.jpg醜男(しこお)に関しては、日本では「ヒョットコ」の面がこれにあたります。ヒョットコは「火男」。炉の燃えさかる火を片目で見続けるためあの顔になってしまうのだと言う。これは「片目」「一つ目」にも通じる。ヘーパイストスの使役するキュクロプス(左図)は一つ目の巨人たち。日本の一つ目の巨人「ダイダラボッチ」は「たたら」がその語源であると言う。そして「たたら」を踏み続けるために脚を悪くしてしまうことが「片足」「跛」につながると言います。千鳥足をまた「たたらを踏む」と言いますね。さらにはこの跛行というのが蛇身を示す可能性がある。

「ドラゴン:中国」で治水の王、禹王を紹介しましたが、この禹は全国の治水工事に精を出しすぎて脚を悪くしたとされる。そして同時に蛇身の王だともされる。この禹の「跛行」は「禹歩」と呼ばれ、後々まで重要な呪術的な足運びだとされました。これを反閇(へんばい)と言いまして、今でも道教の方士や修験神道などで行われます。

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エリクトニオス

さて、そのヘーパイストスの精と大地(女神ゲー)との接触で生まれたエリクトニオスはアテーナーにより蛇とともに箱に入れられて育てられる。これは箱ではなくて「壷・甕」がより古い様です。

前項に見たように、「甕の中の蛇」というのは託宣の根拠であった可能性がある。パンドーラーの箱も、もとは箱でなく壷であったと言います。パンドーラーの壷の底に最後に残っていたのは「希望」とも「絶望」とも言われますが、その矛盾は残っていた本当のものが「予言(予兆)」であったからだとされます。予言は希望にも絶望にもなりますからね。
この壷の底の予言とは壷(甕)の中の蛇による託宣に他ならない。

デルポイの神託で有名な彼の地の巫女たちは、託宣を「し損ねたら」、自らの死をもって償わねばいけなかった。その託宣をし損ねた、見る資格のないのに予言を見ようとして死なねばならなかったのがケクロプスの娘達でしょう。

そうであるならば、蛇とともに箱におさめられたエリクトニオス、蛇身のアテーナイの王に連なり、これまた蛇身を予感させるヘーパイトスを父にもつエリクトニオスは、そこから託宣を行う蛇身の王神であることを示しているのじゃないのかしら。

つまりこうです。

0623l.jpgアテーナイは人々を守る女神の都市ではなく、託宣を行う蛇神(蛇身の王)に仕える巫女の都市としてスタートした。アテーナーの装備するアイギスの楯は、メドゥーサを倒した戦利品ではなく、アテーナーがそもそも蛇巫女であったことを暗示している。
少なくともアテーナイにあったというアテーナー神像の楯の裏の蛇(左写真)はメドゥーサではない。下ってのメドゥーサを装備したアイギスの楯は、蛇頭のメドゥーサの首そのものが前面に備え付けられた形をしています(石化の力ですから前面についてないと意味がない)。この像ではむしろ、蛇の力を隠し持った女神という表現をしています。

そうならば、アテーナーは神話の中で自らの手引きでペルセウスに倒させたゴルゴーン姉妹の近縁だった……のかもしれません。

ゴルゴーン姉妹のメドゥーサをペルセウスが倒す場面は以下の通り。

またヘルメースから金剛の鎌を得て、空を飛んでオーケアノスに来たり、ゴルゴーンたちが眠っているところを見つけた。ゴルゴーンたちはステノー、エウリュアレー、メドゥーサである。メドゥーサのみが不死でなかった。それゆえにペルセウスはこの女の頭を取りにやられたのである。ゴルゴーンたちは竜の鱗でとり巻かれた頭を持ち、歯は猪のごとく大きく、手は青銅、翼は黄金で、その翼で彼女らは飛んだ。そして彼女たちを見たものを石に変じた。ペルセウスは彼女たちが眠っている上に立ちふさがって、アテーナーに手を導かれ、面を背けつつ、それによってゴルゴーンの姿を眺める青銅の楯の中を眺めながら、彼女の首を切った。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

なぜアテーナーはゴルゴーンを見ても平気だったのか。単に彼女が最強の戦女神だったからか、あるいは彼女自身が蛇巫女だったからか。

その謎が「大地母神」のコードで読み解けてくるのです。

では、その可能性を探るべく次はアテーナー自身の由来を探っていきましょう。

ブラック・アテナ  

ゴルゴーン三姉妹
秘密の鍵はゴルゴーン三姉妹の名前にあります。前項に見たようにその名は「ステノー、エウリュアレー、メドゥーサ」これはそれぞれどのような意味なのかと言いますと、

ステノー……………「力」
エウリュアレー……「広い世界(海)」
メドゥーサ…………「女支配者」

なのだそうです。
これは一体どういうことでしょう。何故蛇髪の怪物姉妹の名前がこんな意味なのか。この三人の名前の示すところは、とどのつまり「広域支配」です。これは「王のコード」です。

この謎解きは彼女たちの古い造形を見ることから始まります。ゴルゴーンというのはもともとは蛇髪の怪物なんかではなかったのですね。そのイメージはローマ以降にできたのだと思われます。前項の『ギリシア神話』の記述にも蛇の頭髪とは書かれてなかった。

ゴルゴーンたちは竜の鱗でとり巻かれた頭を持ち、歯は猪のごとく大きく、手は青銅、翼は黄金で、その翼で彼女らは飛んだ。そして彼女たちを見たものを石に変じた。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

これだけです。
そしてその姿がこれです。

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ゴルゴーン

0701e.jpg蛇巫女ですから蛇の姿を冠してますが、左の下ってのゴルゴーン像のような髪の毛が皆蛇という絵ではない。一見すると古いゴルゴーンの図像の方が「余計怪物じゃん」という感じのご面相ですが(笑)、これは「顔」ではありません。仮面です。同様な仮面がこれまでに述べた母権集団の統治していた地域に重なって出土しています。つまり、これは母権集団内の祭祀で大地母神に仕えていた女性シャーマンが被ったお面である、ということなのです。ゴルゴーン姉妹とはその姿が由来となっている。

0701a.jpgそしてこのことが後にメドゥーサがやたら使用される理由にもなっているのです。ギリシアの神殿というのは実はメドゥーサだらけなんですね。日本で言う「鬼瓦」と同じ役割として神殿の屋根のふちを取り巻いていたのです。これは破邪の面です。この点この原メドゥーサの面が、そのような母権社会の祭祀に部外者(男)を立ち入れさせないための威嚇の仮面であったと言われたりしていますが、おそらくそれは過ちです。シャーマンのつける仮面というのはそういうものではない。これは、「こちらの世界」と「あちらの世界」の境界へトランス状態によって入り込むシャーマンが、その境界にはびこる魑魅魍魎から自身を守るための仮面なのです。

日本的には百鬼夜行に紛れ込んだところでもご想像下さい。良く分からなければ「千と千尋」でも良いです。ああいった妖怪どもの巣窟にあって、「ん?なんだか人間臭いぞ?」とかなったら大ピンチです。そうならない様に自らを魑魅魍魎の一員として見せるためにシャーマンは化け物の仮面をかぶったのです。

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日本の百鬼夜行

だから、これは神殿を魑魅魍魎から守る面となるのですね。無論下ってはもとの意味は失われ、鬼瓦的な威嚇するもの、という解釈になっていきますが。

つまり、もともとのメドゥーサには威嚇などの攻撃的な側面はなく、託宣の巫女の持つ「あちら」と「こちら」の境界に入り込むための蛇の装束がそのイメージであったと言えましょう。

しかし、それが何故「王のコード」を示すのか。そこにアテーナーとの「分裂」の歴史が入っているのです。

王の来た道
前項に「教科書的な」アテーナイの歴史を述べましたが、実態は少々異なる様です。ギリシアの主要ポリスの成立の過程とは、エジプト・レヴァント勢力の直接的な入植の過程に他ならない、と『ブラック・アテナ』のバナールは言います。

0701h.jpgこれはどうやら当たりらしい。とは言っても実際の歴史的過程を検証したブラック・アテナプロジェクトのII期にあたる『黒いアテナII(上下)』だけでも5000円クラスのガチハードカバー×2(笑)、オーバー1000ページの代物ですので要約と言ってもムリがあります。ですので、ここで関係ありそうなところをかいつまんでいきましょう。

BC12Cの「海の民」の大暴れによる構造変化前のクレータ島を述べましたが、このクレータの文化はエジプト・レヴァントからもたらされた「牛の王」の文化でした。実際残っている壁画などを見てもエジプトじゃなきゃなんだと言ったものです。クレータ島の宮殿はエジプトの一地方都市であったと言って良いでしょう。

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クノッソスの壁画

そして、その流れはクレータに止まらずギリシア本土を西進していた。まずアテーナイ。その初代の蛇身の王「ケクロプス」のことは紹介しましたね。バナールはこの「ケクロプス」とは、BC20Cにアナトリアまでを制覇した(かもしれない)エジプト中王国時代の大ファラオ「セソストリス」の即位名「ケペルカラー」、ないし彼の孫の即位名である「カーカウラー」の転用である可能性があると指摘します。

0701j.jpg無論セソストリス(左写真)本人ではないでしょうが、その伝説がエジプト人の流入・アテーナイの立ち上げに使われたということです。アテーナイの「大地から生まれた王」の系譜とはエジプトから来た黒い人(を、当時のギリシアでは神格化した)の系譜だったのかもしれません。事実としてはこの時期アテーナイの近くにあった鉱山の銀がエジプトに供給されていたことが上げられます。

0701k.jpgそして、アテーナイから西へ行きますとテーバイがあります。この都市を開いた王カドモスについてはこの後詳しく述べますが、このテーバイのある地域には堀・円形建築物・果ては階段式ピラミッドまでエジプト由来の技術が見られるのです。と、言いますかスピンクス(スフィンクス)が例の「なぞなぞ」を問いかけるのがこのテーバイの地です。スピンクスはまた、後に出てきますがギリシア最大の竜蛇テューポーンを父とするとされます。

続いてさらに西へ行きますとデルポイとなります。ここにもスピンクスがいる(左上写真はデルポイのスピンクス)。また、この地がクレータからの由来をつないでいる可能性は指摘しました。

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王の来た道

大体このようなエジプト・レヴァント由来の入植の過程があったのでしょう。それはエジプトの示す強力な王の来た道であり、同時にクレータを通して融合した蛇巫女の系譜も流入して来たのだと思われます。これが、エーゲ文明の時代にギリシア本土を通った歴史の実際だったのでしょうね。

さて、実はこの経路は『ギリシア神話』のアテーナーとエジプトの王弟ダナオスの由来にそっくり書かれているコースです。

『ギリシア神話』では、(良くあることですが)エジプトもまたギリシアの神に連なって開かれた、という由来になっているのですが、ゼウスにコマされた挙げ句牝牛の姿にされて、ウロウロさまよいエジプトの地にたどり着いたイーオーのお話がそうです。彼女の子孫(玄孫?)にエジプトを治めたアイギュプトス(=エジプト)とダナオスの双子の兄弟が出ました。兄アイギュプトスは50人の男子をもうけ、弟ダナオスは50人の女子をもうけたと言います。このダナオスが王権の行方に絡んで兄の子達をおそれ、アテーナーの忠告により大きな船を造り(船の最初の建造者とされる)、娘たちを連れてエジプトを出奔。

この船の航路が「エジプト→ロドス(ロードス島)→アルゴス」。
で、アルゴスの地でそりゃあもう大胆な血祭り祭り(?)となります。おそれることはない、和解しましょうと、兄アイギュプトスの息子たち全員がアルゴスまで来るのですが、そこでダナオスの娘全員と結婚することにして和解したことにしてしまう。んが、婚礼の夜、娘たちは一人を除く49人の花婿を一気に殺害。ミナゴロシ。しかもこの娘たちをアテーナーとヘルメースが清めてしまう。

これすなわちエジプトからアテーナーとともに王がやって来た由来と、そのエジプト文化からギリシアが独自の文化圏として脱却する模様を示しているのだと思われます。

そして、このダナオスの末裔にメドゥーサを倒すペルセウスが生まれ、ペルセウスとアンドロメダーの曾孫にヘーラクレースが生まれることになります。ペルセウスは前に見た通りアテーナーの助けでメドゥーサを討ちますが、ヘーラクレースに至ってはもう全編アテーナーに助けてもらいまくりです。

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ヘーラクレースとアテーナー

アテーナイを開いたケクロプスと彼に連なる「大地から生まれた王」達はアテーナーに保護されていた。隣のエジプトと強力に結びつくテーバイを開いたカドモス王もアテーナーに保護されていた。ペルセウスもヘーラクレースもエジプトから来た王の末裔です。

アテーナーはそういったエジプト・レヴァントから来た「黒い王たち」を保護する女神だったのです。いや、そういった王たちを育て、生み出す女神であったと言った方が良いでしょうか。ペルセウスもヘーラクレースも(あるいはアテーナイのエレクトニオスも)、王になる前、試練の時代や育成される時代にアテーナーの登場で助けられ、育ちます。
王が来た道、それはまた王が育てられて来た道でもあり、彼を育てるアテーナーの来た道でもありました。

キングメーカー
ここで話がまとまります。
「オリエント2」におけるヘブライの民の考えを思い出しましょう。「エジプトの王を生み出す知恵」は誰の知恵だったか。そう、それは「蛇の知恵」だったのです。非対称性の力を振るう王に擬似的な対称性をもたらし、王を育てるのが「蛇の知恵」です。アテーナーとはその知恵をもとに王を生み出す女神だった。

ゼウスは、彼が近づくのを避けるためにいろいろの形に身を変じたメーティスと交わった。彼女が孕むや時を逸せず呑み込んだ。大地(ゲー)がメーティスから生まれんとする娘の後に一人の男の子を生み、その子は天空の支配者となるであろうと言ったからである。これをおそれて彼女を呑み下したのである。誕生の時がきた時に、プロメーテウスが、あるいは一説によればヘーパイストスが、ゼウスの額を斧で撃ち、その顱頂よりアテーナーがトリートーン河の岸辺に武装して飛び出した。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

これがアテーナー誕生の模様です。女神メーティスとは「知恵」を司る女神です。彼女の知恵でクロノスは呑み込んだ神々(子供たち)を吐き出した。アテーナーは「戦女神」であるとされますが、実際には(少なくとも)『ギリシア神話』の中では一回しか戦っていない。この後の巨人族とゼウス一派の戦いで語られる

アテーナーは遁げるエンケラドス(巨人族)の上にシシリ島を投げつけた。またパラースの皮を剥ぎとって、それで以て戦闘の際時分の身を鎧った。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

これだけ。あとはアルゴー船の英雄イアーソンを助け、ダナオスを助け、ペルセウスを助け、ヘーラクレースを助け、カドモスを助け、アスクレーピオスにゴルゴーンの血を授け、ケクロプスのアテーナイを保護し、エレクトニオスを育て、オデュセウスを助け……と、自らは戦うことなくキングメーカー(ヒーロメーカー)に徹している。アテーナーとはそういう女神なのです。

整理しましょう。

おそらくエジプトの王を守る蛇の女神がはじめにあった。それがレヴァントの地に入り、ウガリットなどで語られる王神バアルを助ける戦女神アナトなどの姿と融合し、地中海に入る。クレタの地では北方のアナトリアからの大地母神の信仰、アマゾネス(北アナトリアの地にいたとされます)たちの母系社会の信仰とも融合し、ここに王に託宣を授ける蛇巫女の姿が生まれる。クレータの王が巫女に依存し、各地の王がデルポイの「蛇の託宣」に依存したことを思い出しましょう。蛇巫女の託宣、蛇の知恵が王を王足らしめる。

だから、蛇巫女のゴルゴーン姉妹は「王のコード」を名に持つのです。

そして、女神はギリシア本土に至り、キングメーカーとしてのアテーナーの像に結実する。さらに、エジプト・レヴァントからの入植文化だった地域が、ギリシア的なポリス文化に移行するのにあわせて、この女神像が脱エジプト化、オリュンポス化し、蛇巫女と都市神としての面が分裂する。

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メドゥサを蔵するアテーナー像

すなわちゴルゴーン三姉妹とはアテーナーが「黒い王たち」の保護者であることから脱し(と、言ってもバナールの言うように「白人化するわけではない」ですが)、オリュンポスの神々のシステムに組み込まれていく過程でパージされた「蛇巫女」の顔に他ならない。アイギスの楯とはメドゥーサの首で威嚇する楯ではなく、その表面と裏面でこの女神の二面を暗示する楯なのです。

キリスト教時代への橋頭堡
これが、ギリシアの竜蛇の核心です。この点を押さえることで、後のキリスト教時代の動向への橋頭堡は築かれるのです。

キリスト教ではドラゴンは悪魔とされ、「女」もまた悪魔だとされました。サタンはドラゴンの姿で現れ、その眷属である、例えば後の悪魔学で言うソロモン72柱の筆頭である「アスタトロ」は、その原型をアテーナーの原型の一つであるウガリットの戦女神アナトと姉妹にして大地母神の側面を担当する「アシュトレト」のことだとされます。

ここでは、「オリエント2」で見たヘブライの民の思想、王を怪物化させる欺瞞としての多神教の知恵、「蛇の知恵」への糾弾が再度行われるのです。その時、ヘブライの旧約聖書においては、その知恵の象徴としてエジプトが、エジプトの王たちが「ラハブ」として悪の竜蛇とされました。そして、今度はそのエジプト由来の王を守り、育てる知恵をギリシアにもたらした女神が糾弾されるのです。

だから、キリスト教はアテーナーと完全な鏡像をなす女性像「マリア」への信仰を生み出した。

もし、ギリシアの神話を英雄が怪物を成敗するスペクタクルとして表面的に見るならば、それは後のキリスト教が乗り越えなけねばならない壁にはなり得ません。ギリシアのドラゴンたちが悪魔化され、ギリシアの女神たちが悪魔化されていく理由というのは、これまでに見た大地母神への信仰とエジプトから来た王権と、その要にいた蛇巫女の系譜が示す「王と英雄の由来」です。

「黒いアテナ」からマリアへ。
その道程が示す深層に中世ヨーロッパが持つ「ヨーロッパ文化」の本質が垣間見えるのだと思います。

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死せるイエスを抱くマリア

カドモス王  

カドモス王と竜の歯
一応キモとなる部分は前項までに述べたので、後は比較的気軽にギリシア神話周辺の竜蛇の事蹟を見ていきましょうかと。

そんな中で一種不思議なお話となっているのがカドモス王の伝説です。カドモスはテーバイを築いた王ですね。テーバイというのはエジプトにあるテーベと同名でして、どちらも同じ綴りとなります。前項でも少し書きましたように非常にエジプト・レヴァントからの由来の強い土地です。

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関連地図

また、テーバイと言ったら下ってのオイディプース王の土地でもあります。スピンクスのなぞなぞを解いた王ですね。また、知らずに父を殺し母を娶ってしまった王で、いわゆるエディプスコンプレックスの由来となった王でもありますな。彼もまた「脚が悪い(オイディプースとは両脚の腫れた、の意味)」というヘーパイストスのところで見た竜蛇につながる特徴を持ちます。これは以下見るようにテーバイが「竜の歯から生まれた人」の末裔であることをあわせると要注目です。

カドモスは元フェニキアの人。妹のエウローペーがゼウスにかっさらわれまして、父の命でカドモス兄弟が全国を探しまわるのですが、見つからない。手ぶらで帰るわけにもいかず途方に暮れてデルポイでお伺いを立てるわけです。

(カドモスは)エウローペーに関する報を得ようとデルポイに赴いた。神は、しかし、エウローペーについていろいろ気を病むのはやめにして、牝牛を道案内とし、牝牛が疲れて倒れた地に一市を建設せよと言った。かく神託を受けて、ポーキス人の地を通過して進み、ペラゴーンの牛群の中に一頭の牝牛に出会い、その後に従った。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

0701p.jpgこの牝牛が後のテーバイとなる土地で横になったので、託宣に従って都市を造ろうとするカドモスです。このお話が、エジプトの牝牛の神ネイト(左)がサイス市を開いた故事と非情に似ていると「黒いアテナ」のバナールは指摘しています(だからネイトがアテーナーだと言うのはどうなんですかね、ですが)。

ところがそう簡単に話は行きませんで、カドモスの前を竜蛇が遮ります。

牝牛をアテーナーに捧げんものと、自己の従者の中より数名をアレースの泉に水を汲みにやった。ところが、一説によればアレースの子であると言われる竜が泉を護っていて、派遣された者の大部分を殺した。カドモスは怒って竜を殺し、アテーナーの勧めによってその歯を播いた。歯が播かれると地中より武装の男たちが立ち現れた。これを「スパルトイ(播かれたる者)」と言う。彼らは、あるいはふとした拍子で相争い、あるいは知らずして、互いに殺し合った。ペレキューデースの言によればカドモスは、地中より武装の男どもが生え出るのを見て、石を投げつけたところ、彼らは互いに石を投げつけられたと思い、争い始めたのであるという。しかしエキーオーン、ウーダイオス、クトニオス、ヒュペレーノール、ペローロスの五人が生き残った。カドモスは殺した者たちの償いにアレースに「無限の一年」を仕えた。その当時この一年はわれわれの八年に相当したのである。
この奉仕の後でアテーナーは彼に王国を得せしめ、ゼウスはアプロディーテーとアレースの娘ハルモニアーを妻として与えた。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

アレースというのは軍神ですね。乱暴過ぎて神々の間では敬遠されていた。でも美丈夫だったので、旦那ヘーパイストスにうんざりしていたアプロディーテーの不倫相手になっていた。アレースはゼウスとヘーラーの直系の子なので、何故そのアレースの子供が竜なのかというのが興味深いところです。

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カドモスの竜退治

それはともかく問題なのが「竜の歯を播いたら生まれた兵士」です。これがですね、ここだけに出てくるのだったら、「ヘー、なんだろね」ですむのですが、全然関係ない(と思われる)遠く黒海の向こうのコルキスの地でまた出てくるのですよ。

余談:
この「竜の歯を播いたら生まれた兵士」が下のアルゴー船の冒険を題材にした映画でラストシーンの骸骨兵がわいて出るスペクタクルに描かれまして(『アルゴ探検隊の大冒険』)、以降スパルトイが「竜骸兵」としてゲームなんかで描かれるわけです。でも、スパルトイは上の話の後テーバイの王座にも就いてまして(ていうかテーバイ王家はスパルトイの子孫となる)、つまり人間です。

アルゴー船の冒険
これは、アルゴー船による金毛の羊の皮をめぐる航海譚の中のお話ですね。
イアーソーンという青年が王様から「コルキスの金毛の羊の皮」をとってこいと無理難題を吹っかけられるのです。

この皮はコルキスのアレースの聖森の中の一本の樫の木に吊るされてあって、眠ることのない竜によって護られていたのである。
これを取りにやらされたイアーソーンは、プリクソスの子アルゴスを、助けを乞うべく招いた。そしてアルゴスはアテーナーの勧めによって、建造者の名によりアルゴーと呼ばれる五十の櫂を持った船を建造し、その船首にアテーナーはドードーナの樫の木から物を言う材木をつけた。船の装備が完了した時に、神託を乞うたところ、神は彼にギリシアのもっとも優れた人々を集めて出航するように宣した。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

またアテーナーが船造らせたりしてますな。それはともかく、こうしてヘーラクレース(は、途中でおいてけぼり喰らいますが)やオルペウスといったそうそうたる顔ぶれの集った、世に名高いイアーソンを船長とする「アルゴナウタイ」一味の冒険譚がはじまります。

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アルゴナウタイ

その詳細は割愛しますが、やがて彼らがコルキスに至り、その地の王アイエーテースにこの黄金の皮をくれる様頼むのですが、王の出した難題が、難題なのです(笑)。

王は青銅の足の牡牛を独りでつないだならば、やろうと約束した。王は二頭の凶暴な牡牛を持っており、それはすばらしく大きくて、ヘーパイストスの贈物であり、青銅の足を持ち、口から火を吐くのである。この雄牛を軛につないだ後、竜の歯を播くように命令した。アテーナーからもらって、カドモスがテーバイで播いた分の半分を持っていたからである。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

イアーソンは、彼に一目惚れしたアイエーテース王の娘にして魔女のメディアの助力でこの牛をつなぎ、竜の歯を播いて出て来た兵士をあしらい、難題をクリアするのですが、この時のメディアの助言はこう。

それから歯を播くと地より武装した男たちが彼に向って現れる出てくることを明らかにした。そしてこの男たちが一緒にかたまっているのを見たならば、その真中に遠方から石を投げる。そしてこの石に関して互いに闘っている時に彼らを殺すようにと言った。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

カドモスのケースをまるなぞりしてますね。んが、カドモスのテーバイとこのコルキスの地とは縁もゆかりもないのです。

何故アイエーテースがカドモスの得た竜の牙の残りを持っていたのかも謎。アテーナーが持っていたとも言われますが、なんでそれがイアーソンの障害として使われるのか良く分かりません。軍神アレースとその眷属の竜がその地を護っていた、という点が共通しますが、アレースがカドモスの際の竜の歯を持っていて、それをアイエーテースに渡したというのも変な話です。つまり、良く分からない。何か直結する神話群があったりするのかしら。

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金毛の皮を得るイアーソン


で、ここを何がつなぎうるのか、と言いますと、「エジプトから来た人」のイメージがつなぐのです。テーバイとコルキスつなぐ神話がないならそれでしかつながらない。

「アテーナイ」「ブラック・アテナ」で述べたことを思い出していただきたいのですが、アテーナイの初期の王たちが「大地より生まれた」と表現される蛇身で、これがエジプトからの王のイメージである可能性を指摘しました。「大地より生まれた」が「黒い人」をさすかも、ということですね。

そうなりますと、「竜の歯を播いて生まれる兵士」も「竜蛇」「地より生まれる」が重なりますので、その「黒い王」に連なるあちらからの兵士たち、と考えることができます。そしてバナールは言うのですが、コルキスの地こそ、前項に見た大遠征をした可能性のあるファラオ・セソストリスの覇権の北限の地の可能性がある、らしい。コルキスには黒人のコミュニティーがずっとあった可能性があると言う。

ま、本人も証拠は何もないと言っておりますが、この「竜の歯」の伝承がテーバイとコルキスにあることがひとつの補強くらいにはなるかもですね。

フェニキア人
カドモス王はその後、晩年に至ってもアレースの蛇を討った怒りが解けていないことを鑑みてテーバイの王を息子に譲り、自らは妻ハルモニアーとよそに行き、イリュリアー人を支配したりしますが(その際の晩年の子がイリュリオス)、最後は

後ハルモニアーとともに大蛇に変身し、ゼウスによってエーリュシオンの野に送りやられた。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

とのことです。エーリュシオンというのはこの世の地じゃありませんで、「祝福された者の島」のことで、神々の祝福を得た者が死後住まう土地のことです。

さて、そんなカドモス王でしたが、補足で少しフェニキア人たちのことに触れておきましょう。カドモス自身フェニキアの王族だとありますし、実際ゼウスに攫われた妹のエウローペーというのは「ヨーロッパ」の語源。フェニキアで「西の地、日の没する地」を指す言葉です。

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牡牛に化けたゼウスについてっちゃうエウローペー

カドモスはまた、フェニキア文字を発明したとも伝承されますが、これはエジプトの表意文字をベースにしていた線文字Bに代わって表音のアルファベットがこの地から生まれていく契機ともなります。
これも、カドモスがギリシアの地で発明したというよりもフェニキアの人々が使っていた文字が流入して来た、ということでしょう。

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左:線文字B 右:フェニキア文字

フェニキア人は元カナンの人たちでして、ヘブライの民が築いたイスラエルの王国の北側にあるテュロスを中心に海上を制していた人々です。人によっては「海のヘブライ人だ」くらいに言われます。彼らは地中海一帯はもとより、もしかしたらもっとも早くアメリカ大陸へ到達していたかもしれないと言う。あまり自身の歴史とか文化を書き残したりはしてませんで、もっぱら海上交通を用いた商業に専心していた様ですな。

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当時圧倒的な海運力を持っていたフェニキア船

上の項に見たように、ギリシアのエーゲ文明というのはエジプトからとウガリットなどの方面のレヴァントのオリエントからの影響が大きいのですが、このレヴァント方面の窓口となったのがフェニキア人の活動でしょう。カドモスに由来する伝承を持つテーバイがフェニキア人の王による者であるとともにエジプト的な文化様式を持ち込んでいることからも、フェニキア人によってレヴァント・オリエントとエジプトの混合というのがあったのだと思われます。

いずれBC12C〜BC4Cくらいまで地中海の海上を制していた人々なので、その影響力は現在見積もられているより大きかったかもしれません。例えば、先の遠く離れたコルキスの地の「竜の歯」コードも、バナールの言うセストリスの長征でなく、フェニキア人の制海権内だった、ですんでしまうかもしれません。アルゴー船からしてフェニキアの船みたいですし。

そうでなくてもフェニキアがエジプト+レヴァントであり、そのフェニキアがギリシアに深く根ざしていることからもギリシアというのがオリエントの最外郭に位置する文化であったことを良く示すと思います。

ギリシアのドラゴン  

エキドナ
キングメーカー・アテーナーによる英雄たちの世界がギリシア神話の表だとすると、「エキドナ」というモンスターたちの母、モンスターメーカーによる怪物たちの世界が裏ということになります。いきなりなんだという感じですが、まずは下の一覧を見てください。

ネメアーの獅子▼
ヒュドラー▼
ケリュネイアの鹿
エリュマントスの猪
アウゲイアースの家畜の糞
ステュムパーロスの鳥
クレータの牡牛▽
ディオメーデースの牝馬
ヒッポリテーの帯▽
ゲーリュオネースの牛▼
黄金の林檎とラードーン▼▼
ケルベロス▼

これはギリシアの英雄の完成形であるヘーラクレースの十二の試練の一欄ですが、このうち▼にあたる部分で、彼はエキドナを母とするモンスターを倒しています。また、エキドナの祖父にあたるポセイドーン絡みとなると▽も入ります。実にエキドナの生んだモンスターの半数近くがヘーラクレースに打ち破られてるのです。

キングメーカー・アテーナーの最高傑作であるヘーラクレースとモンスターメーカー・エキドナ(そして、アテーナーとライバル関係にあるポセイドーンのコード)との対立構造。

ここには何かある。何があるのか現状良く分からないので「課題」なのですが(ですんで最後に一括して扱ってます)、かすかに浮かぶ符合を見逃してると後々トホホになる……気がするのです。まず、エキドナはあのメドゥーサの孫にあたるのです。首を切られたメドゥーサの血が海に滴り、海(ポセイドーン)と交わって、天馬ペーガソスと黄金の剣の名となるクリューサーオールが生まれました。そのメドゥーサの息子クリューサーオールの娘となるのがエキドナ。

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エキドナ

エキドナは、上半身美女で下半身蛇の「蛇女」の世界的な代名詞ですね。ギリシア神話では直接のエピソードに乏しく、図像もあまり伝わらない。しかし、ギリシアのドラゴンたちを見ていくには、エキドナの影を捉えることなく見ていっては片手落ちです。では、そんな含みを持ちつつ、ギリシアのドラゴンたちを見ていきましょう。

テューポーン
これまでにもちょこちょこ出てきましたテューポーンです。ギリシアドラゴンの総大将にして、エキドナの最初の旦那です。ゼウスたち新しい神々が古い神々の体制を刷新する最後に大地の女神ゲーの生み出した巨人族(ギガース)との戦いがありますが、そのクライマックスに生み出されます。まずは、その姿がどんなものか見てみましょう。

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テューポーン

神々が巨人たちを征した時、大地ゲーはさらに怒ってタルタロスと交わり、キリキアーにおいて人と獣との混合体であるテューポーンを生んだ。彼はその大きさと力において大地ゲーが生んだすべてのものに優り、腿までは人の形であり、とほうもなく大きかったから、すべての山よりも高く、頭はしばしば星を摩した。彼の手は一方は延ばすと西に、他方は東にとどき、百の竜の頭がそこから出ていた。腿から下の部分は巨大な毒蛇のとぐろを巻いた形になっていて、それを延ばすと自分の頭に達し、シュウシュウと大音を発していた。彼の全身には羽が生え、頭と頣からは乱髪が風になびき、目より火を放っていた。テューポーンはこのようであり、このように大きく、火のついた岩を投げつつ、シュウシュウと音を立て、叫びながら、天そのものへと突進した、口からは烈火を吹き出した。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

タルタロスというのは奈落の神、というか奈落そのものでして、ゼウスたち以前に生まれたキュクロプス族やヘカトンケイル族やティーターン族が幽閉されたりするところです。下っては「地獄」そのものとされます。

神々はこの姿にビックらこいて皆エジプトに遁走してしまう。慌てすぎて動物の姿に変身して逃げたのでエジプトの神々は動物の姿なんだそうな。この際一番慌てふためいたアイギパーン(パーン神)の様子から「パニック」という言葉ができたのだそうです。

しかし神々の大将ゼウスは一人踏ん張りまして、ただの助平じゃないところを見せつける(笑)。んが、奮闘空しくテューポーンのとぐろに巻き付かれ、手足の腱を切り取られてキリキアーのコーリュキオンの岩穴に閉じ込められてしまう。この番に立たされたのが竜女デルピュネー。彼女も口から火を噴いたと言います。

そこでテューポーンは一安心して戦いの傷を癒すため母ゲーのもとへ行ったりした様ですが(これは『ギリシア神話』にはない)、その間に神々のトリックスター的ポジションの二人、ヘルメースとアイギパーンがゼウスの腱を盗み出して、ゼウスの体に戻し、岩穴より解放します。

ゼウスはふたたび自分の本来の力を得て、空より翼のある馬にひかれた戦車に駕してとつぜん雷霆を以て撃ちつつニューサと呼ばれる山までテューポーンを追った。そこで運命の女神たちが追われる彼をあざむいた。さらに強くなるであろうという言葉を信じて無常の果実を食ったからである。それで再び追跡せられてトラーキアの地に来たり、ハイモス山で戦闘中にその全山脈を持ち上げた。しかし山が雷霆に撃たれて再び彼の上に押し付けられたので、山上に多量の血が迸り出た。この故事よりこの山はハイモスと名付けられたのであると言うことである。シシリ海を越えて遁走し始めた時に、ゼウスがシシリのエトナ山を彼の上に投げつけた。これは巨大な山であって、その時より今日にいたるまで投げられた雷霆より火が噴きあがっているのであるということである。しかしこの話はこれで終わるとしよう。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

テューポーンは必勝を期して運命の女神の管理する思うがままの運命を導く木の実をよこせと迫ったわけですが、運命の女神がこれを騙して、逆に思う運命が決して訪れない「無常の果実」を食べさせた、ということです。これにてテューポーンの力は半減し、敗走戦になりますね。それでもそもそもテューポーンは不死なので、ゼウスは最後にシシリ島に封じたわけです。これに先立つギガーントとの戦いでもアテーナーがシシリ島を投げつけてましたね(前々項「ブラック・アテナ」参照)。

ここでこのシシリ(シチリア)島のエトナ火山を見ていただきたいのですが(今でも活発な火山です)、ご覧の通り。上のテューポーンの外見の記述というのはこの様に他ならない気がします。

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エトナ火山

0704b.jpgさて、このテューポーンの英語綴りが「typhoon」なんですが、タイフーンですね、これ。で、タイフーンはテュポーンがもとだと言われる、ことがある。が、これはどう見ても中国語(広東語)の「台風」の音訳がtyphoonで、たまたまテュポーンと同じ綴りになったのでくっついちゃったということでしょう。古代ギリシアに「台風」に連なる言葉があったわきゃないですし。テューポーンは上に見た通り「火山」を怪物化したドラゴンであるというのが大本で、これがエジプトのセト神(左上)と同一視されたりする過程で(セト神にはバアルが同定され、嵐の神の属性を持つ)後から「嵐属性」が入ったのだと思います。

以下おまけ的あやふや情報的あれこれ(笑)。

ところで、このテューポーンが封じられたり、先立ってギガースに投げつけられたりしたシシリ島ですが、現在のシチリア自治区の旗というのがこれ。

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中央はこれメドゥーサなんです。テューポーンはまた、デルポイを護っていたピュートンと同一の根を持つのだという方もいる。さらにはテューポーンが雄でピュートンが雌の関係なのだという方もいる。はて、さて。

さらにさらに、タルタロスが「奈落」であると言い、テューポーンが噴火だと書きましたが、要するに噴火口のイメージですな。で、これは火山の噴火口に止まらず、「隕石のクレーター」を示すのではないかと考える人もいる。隕石は古代ではイコール彗星です。そして、鉄ははじめこの隕石のうち鉄でできているもの「隕鉄」から作られていた。「ドラゴン:日本」で彗星を示すインドのナーガ、ラーフと八岐大蛇・スサノヲとの関連を紹介しましたね。テューポーンが彗星・隕鉄のコードだったら……「オリエント1」でその鉄を使い始めたヒッタイトに伝わるイルルヤンカシュの討伐譚がテューポーン譚に似てることを指摘しましたが……はて、さて(笑)。

エキドナについてですが、彼女はこのテューポーンを旦那とし、あれこれモンスターたちを生み出しますが、上に見た竜女デルピュネーもテューポーンとエキドナの娘です。テューポーンが封じられた後は二人の間の息子の一人オルトロスを旦那としまして、さらにモンスターどもを生み出します。オルトロスは後ヘーラクレースに討伐されますね。

ペルセウスとアンドロメダー
非常に有名なお話ですが、『ギリシア神話』では超絶にあっさり描かれています。もともとアンドロメダーの母カッシエペイア(カシオペア)が、「わらわの美しさは海のニムフたちより上なのよ。おーっほっほっほ!」とやらかしたので怒ったニムフたちがポセイドーンにちくってこの地(エティオピア)に高潮と怪物を差し向ける、という状況なわけです。で、娘のアンドロメダーを怪物の餌食に差し出せば難を逃れるであろう、と予言される。
ここを通りかかったのがメドゥーサ討伐直後のペルセウス。

ペルセウスは彼女を見て恋し、もし救われた少女を彼に妻にくれるつもりならば、怪物を退治しようとケーペウスに約束した。この条件で誓いがかわされたので、彼は怪物を待ち伏せして殺し、アンドロメダーを解放した。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

こんだけ。ケーペウスはこの土地の王でアンドロメダーの父ですね。むしろのその後もともとのアンドロメダーの婚約者が陰謀をこらしたりするのをゴルゴーンの頭で石化したりなんだりと、「ゴルゴーンの頭を使った技」を紹介し、その頭を最後にアテーナーに捧げる、というお話がメインでアンドロメダーと怪物のお話はおまけなんですね。これが「お姫様を救うお話」ということでローマに行きますとウケまして大きくなっていったのです。

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ペルセウス

さて、ここで注意しておきたいのは、そもそもこのお話はどこのお話なんだ、という点。「エティオピア」と書かれてますからエティオピアなんですが、この当時のギリシア人にとってのエティオピアというのは結構広い範囲を指していた。エジプトの南だけでなく、メソポタミアの東、エラム文化のあった方もエティオピアと呼んでいたそうな(バナール)。つまりこのドラマは紅海域とペルシア湾域の可能性がある。ペルセウスはそんなとこでナニやってたのか?あるいは「エジプトではない地中海南側」くらいの意味だったのかしら。そうなるとリビアなんかもそうですが、『ギリシア神話』ではリビアはリビアと書いている。はて、さて。

いずれにしても、「ブラック・アテナ」で指摘したように、このペルセウスはエジプトからの王ダナオスの末裔であり、ペルセウスとエティオピアの姫アンドロメダーの曾孫にヘーラクレースが生まれているのですが、この様に、外からの血筋を示すコードの方が、少なくともギリシアにとっては「お姫様を救う」コードよりも重要なのかもしれません。

事実、このお話はほとんどそっくりそのままヘーラクレースの試練の中で繰り返されます。後に述べます、第九の試練のアマゾーンたちの女王ヒッポリュテーの帯を持ってくる、というお話の後日談の部分ですね。アポローンとポセイドーンがトロイアーの王ラーオメドーンを試そうと、人の姿で城壁の建築を請け負い、完成後王に報酬を要求すると支払わない。で、アポローンは疫病を蔓延させ、ポセイドーンは高潮と怪物を送ってトロイアーを攻め立ててたわけですが、そこにヘーラクレースが寄ったのです。

もしもラーオメドーンが彼の娘ヘーシオネーを怪物の餌食に供えるならば災いから免れるであろうとの神託があったので、彼は海辺の岩に彼女を縛りつけて捧げた。この女がさらされているのを見てヘーラクレースは、もしゼウスがガニュメーデースを奪った代償として与えた牝馬をラーオメドーンからもらえるならば救ってやろうと言った。やろうとラーオメドーンが言ったので怪物を殺してヘーシオネーを救った。しかし報酬を与えることを拒んだので、ヘーラクレースはトロイアーに対して戦いを開くであろうと嚇かしておいて出航した。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

「お姫様を助ける」コードは影薄いですね(笑)。もう単なる交渉の材料と化しています。いずれにしてもこの話が繰り返されるところに

ポセイドーン・メドゥーサ
←→アテーナー・ペルセウス

ポセイドーン・(エキドナ)
←→(アテーナー)・ヘーラクレース

の構造があることは明らかです。ペルセウスのお話はヘーラクレースのプレストーリーの位置にあたるのかもしれません。

ヒュドラー
ここでヘーラクレース自身について述べておきます。

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ヘーラクレース

ヘーラクレースはペルセウスとアンドロメダーの息子のエーレクトリュオーンの娘アルクメーネーにゼウスが彼女の夫に化けて生ませた子。つまりゼウスの子でもあります。これがゼウスの正妻ヘーラーの恨みねたみを買いまして、ヘーラクレースは行く先行く先でヘーラーに邪魔される運命となります。十二の試練が発生したのも、ヘーラーによって気が狂わされ己が子を殺してしまった贖罪にあたります。

ミニュアース人に対する戦の後にヘーラーの嫉妬のために気が狂い、メガラーによって得た自分の子供とイーピクレースの二人の子供とを火中に投じた出来事があった。それゆえに彼は自分自身に追放の判決を下して、テスピオスによって(罪を)清められて後、デルポイに赴き、どこの居住すべきかを神に問うた。ピュートーの巫女はその時初めてヘーラクレースと彼を呼んだ。というのはそれまではアルケイデースと呼ばれていたからである。彼はティーリュンスに住み、エウリュステウスに十二年間奉仕して、命ぜられる十の仕事を行い、かくして、と巫女は言った、功業が完成した後に、彼は不死となるであろう、と。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

で、この試練のうち第二のものとして、レルネーのヒュドラー退治が命じられます。レルネーはアルゴス近辺らしいですな。ヒュドラーはエキドナとテューポーンの間の子で直系のドラゴンです。その名はヒュ(水の)ドラー(蛇)と、そのままなのですが、ドラーが蛇を示す点から「ドラゴン」の語源に直結するかもしれません。

これはレルネーの沼沢地に育ち、平原に出て来ては家畜や土地を荒らしていた。水蛇ヒュドラーは巨きな身体で、九頭を有し、八つは殺すことができるが、真中のは不死であった。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

というヒュドラーです。

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ヒュドラー

ヒュドラーvsヘーラクレースはかなり激戦として書かれますな。上のペルセウスみたいにあっさり描かれるのと、テューポーンやヒュドラーの様に激戦が描かれる差というのも何かあるのでしょうかね。
いずれにしましてもヘーラクレースがヒュドラーの棲家に火矢を放っていぶり出しまして、戦闘開始。

しかし、蛇は彼の片方の足に巻きついた。棍棒を以て頭を打ったが、なんの効果も上げ得なかった。というのは一頭が打たれると二つの頭が生え出て来たからであった。大蟹が彼の足を噛んで援助した。それで、これを殺し、彼もまたイオラーオスに援けを求めて呼び、イオラーオスは近くの森の一部に火をつけて、その燃え木で以て頭の付け根を焼き、生え出てくるのを止めた。かくして生え出てくる頭を征服し、不死の頭は切り離し、レルネーを経て、エライウースに通ずる道の傍らに埋め、重い石をその上に置いた。水蛇ヒュドラーの身体を引き裂いてその胆汁に自分の矢を浸した。しかしエウリュステウスはこれを十の仕事のうちに数えるべきではないと言った。というのは独力ではなくイオラーオースと協力して水蛇ヒュドラーにうち克ったからである。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

という感じ。大蟹がヘーラクレースに噛み付いてますが、これはヘーラーが化けて邪魔してるのだという伝承もあります。あっさり倒されまして、これが星座の蟹座であるのだと言う。

最後に書かれている様にこの試練は無効扱いでして、こういう「無効試合」が入るので十の試練が十二の試練に増えてるのです。助けたイオラーオスは父違い系の甥っ子。
で、ヘーラクレースが最後にヒュドラーの胆汁(毒液)に矢を浸してますが、これが後々いろいろな事件を起こします。

エリュマントスの猪退治の際に、ヘーラクレースはケンタウロス族といざこざを起こすのですが、この際ヒュドラーの毒の弓がケンタウロス族の長ケイローンを傷つけてしまう。ケイローンと言ったら幾多の英雄に武技や医術を教えた不死の神々・英雄の師匠的な存在です。これが不死故に毒に永遠に苦しめられることになりまして、耐えきれずに不死を返上して死んでしまいます。

また、ヘーラクレースの人としての最期も、妻のデーイアネイラがヘーラクレースの心変わりをおそれて彼の下着に(媚薬だと騙されて)ヒュドラーの毒を塗り込んでしまったことによります。この毒が回ってヘーラクレースは死んでしまう。ま、英雄的に自ら死ぬ前に生きながら火葬に挑むのですが。

このヒュドラーの毒というのもそれだけ見たら単なる強力な毒ですが、これがエキドナという「英雄に対する対称性」の装置に由来する「英雄の強力さのカウンターとなる」アイテムと捉えるならばそう単純なものではなくなります。事実、その犠牲になったのは「英雄たちに力を与える師匠」のポジションにいたケイローンだったわけですし。これまでにも蛇の医術を使ったアスクレーピオスがケイローンに医術を習ってたり、『ギリシア神話』以外ではアルゴーのイアーソンがケイローンに育てられたり、ヘーラクレースも武術を習ったりしています。
しかも、極めつけが『イーリアス』の主人公・英雄アキレウスを育てた、という伝承でしょうか。アキレウスと名付けたのもケイローンですね。

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ケイローンとアキレウス

このケイローンを封じた、ということは、これ以上「半分神のような」英雄を生み出させない、ということを示しているかもしれません。ヒュドラーの物語はその辺りを加味して見ていくべきお話かもしれませんね。

ラードーン
『ギリシア神話』の中ではこのドラゴンは名が書かれていません。有名なんだかマイナなんだか良く分からないドラゴンです。ヘラークレースの十一番目の試練として提示された黄金の林檎の木を護るエキドナとテューポーンから生まれた不死の百頭竜とされます。この試練のそのものがイマイチはっきりしない結末なんですが、こんな感じ。

第十一番目の仕事としてヘスペリスたちから黄金の林檎を持ってくる様に命じた。これは一部の人々の言うようにリビアにあるのではなく、ヒュペルボレオス人の国の中のアトラースの上にあったのである。それを大地ゲーがヘーラーと結婚したゼウスに与えたのである。テューポーンとエキドナから生まれた不死の百頭竜がその番をしていた。彼はあらゆる種類のさまざまの言葉を話したのである。それとともにヘスペリスたち、すなわちアイグレー、エリュテイア、ヘスペリアー、アレトゥーサが番をしていた。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

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ヘスペリスたちとラードーン

この後なぜかアレースの子が一騎打ちを挑んで来たり、なんだりしつつ、ヘーラクレースはリビアを通り、アトラースの地へ。ちょっとこの辺文意が通りがたい元文なんで要約でいきましょうか。まずヘーラクレースはアトラスの山の中で、人に火を与えた罰で無限磔の刑にされていたプロメーテウスのところへ行きます。テューポーンとエキドナの子の山鷲がプロメーテウスの肝臓をつついて食うのですが、そうするとまた肝臓が再生して、つまりプロメーテウスは永遠に山鷲に肝臓をつつかれているわけです。この山鷲をヘーラクレースが射落としまして、先のヒュドラーの毒を受けたケイローンが死を望んでいるので、プロメーテウスとの入れ替わりをゼウスに打診し、良しとなります。

で、プロメーテウスを解放しましてそのお知恵を拝借しますところ彼曰く、林檎はヘスペリスたちの父親のアトラースにとって来させたら良い、と。そういうことになりまして、世界の蒼穹を支えているアトラースのところへ行きまして、ちょっと代わるから林檎をとって来てくれ、と頼む。

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アトラースとプロメーテウス

アトラースはこれを引き受けまして、ヘーラクレースが蒼穹を支えている間に林檎を三個とってくる。んが、もとの仕事に戻るのをアトラースがいやがって、林檎はオレが届けるから、とか言い出す。ヘーラクレースはまたまたプロメーテウスのお知恵を拝借しまして、「いいけど、ちょっとしんどいから円座を頭に乗せてそれで支えたい。円座を挟む間ちょっとだけ蒼穹を支えてくれ」とやらかしまして、アトラースが蒼穹を支えた隙にさようなら。めでたしめでたし。

しかし一部の人々はアトラースから受け取ったのではなくて、彼が番をしてる蛇を殺し、林檎をもいだのであると言っている。林檎を持っていってエウリュステウスに与えた。しかし彼はそれを受取ってヘーラクレースに贈り物とした。彼からアテーナーが受取って林檎をまたもとに還した。というのはそれをどこにおくのも法に反していたからである。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』


と、いうことなんですが、ヘラークレースがラードーンを倒しているのかどうか分からない。黄金の林檎も返されちゃって何の意味があったのかも分からない(後述)。

ここで思い返されるのがイアーソン率いるアルゴナウタイの黄金の毛の羊の皮です。あれも「眠ることのない竜」に護られていましたが、そのドラゴンもエキドナの子であると言います。そして、イアーソンもそのドラゴンと闘わずに、魔女メディアが薬でドラゴンを眠らせてる隙に羊の皮を取ってるのですね。

これは、「倒さない」が正解なのではないか。どちらもドラゴンは倒されるための指標ではなくて、「その目をかすめる」ことがはじめからクリアすべき課題だった、というのはどうか。大体ヘーラクレースはすでにヒュドラーを倒しているので(ノーカウントですが)、再度ドラゴン退治を持ち出すというのも変です。「眠らない見張りのドラゴン」と「その目をかすめる技術」がセットになった伝承なのかもですね。

さて、ラードーンそのものに関してはそのくらいなのですが、ここを起点にパズルが始まります(まだ解けてません)。パズルのピースは

軍神アレース
アマゾーン
黄金の林檎
ラードーン
金毛羊の皮
金毛羊のドラゴン

そしてエキドナとアテーナーと英雄たち。

上に見た様にラードーンとアルゴナウナイの金毛羊のドラゴンは似ている。そもそも「りゅう座」という星座はラードーンのことだとされますが、金毛羊のドラゴンだという説もあればカドモス王の際に泉を護っていたドラゴンだと言う人もいる。要はこの3ドラゴンは何かつながっているのです。
金毛羊のドラゴンとカドモス王のドラゴンはアレースの眷属だった。ラードーンと金毛羊のドラゴンはエキドナの子である。ちょっとずつ重なり、ちょっとずつずれている。

0704l.jpg大体アレースという神が「据わりが悪い」のです。彼が良く分からない。前にも述べた様にアレースは軍神でゼウスと正妻ヘーラーの嫡子です。若様と言っても良いポジションですね。しかしこれが美丈夫にも関わらず、乱暴でお馬鹿で人気がない。もともトラキア(北西部・今のブルガリア)の方の神だったので、そのような辺境のバルバロイ(言葉の通じない野蛮人)の神だから乱暴に不人気に描かれた、とあちこちで解説されている。でもそうなると、じゃあなんでオリュンポス十二神にして最高神の嫡子のポジションとかに入れられるのか。

しかもギリシア周辺の母系女権社会の残存を象徴していると考えられるアマゾーンたちの祖であるともされる。そして、ドラゴンを眷属として金毛羊や泉を護らせている。わけ分からん。このアレースの位置に「大地母神」に由来する女神がいたらすんなりしているのに。アレースがそのような女神と関係するかと言うと……せいぜいアプロディーテーとの不倫関係くらいです。

思いつくことは色々あるのですが……例えばローマに行ってはこの軍神は最高の人気キャラになる。マールス(マルス・マーズ)です。ローマ建国の祖となった初代ロームルス王の父ともされ、軍神「グラディウス」の二つ名はマールスのものです。で、例えばギリシアでも本来アレースは重要だったんだけど、お隣ローマがこれを中心に「のして」きたので反感買って下火になった……とかはどうか。逆に「不出来」という方を考えますと、ヘーラーの嫉妬の源泉という見方もできる。上に見た様にヘーラーは夫ゼウスが「よその女」と作った子供(ヘラクレスなどの英雄たち)が活躍するのを嫌って邪魔します。自分の息子アレースに比べて優秀な他の子供が気に入らないというわけです。こうなりますとアレースとは「アンチ英雄」というラインでエキドナとつながる……かもしれない。実際アレースの情けないエピソードは大体「優秀な戦女神でキングメイカーの」アテーナーと比べられて恥かくものとなってます。ま、いずれにしてもアレースが考えどころそのイチということですね。

お次にアマゾーン。アレースの子孫とされます。当時父系男権社会へ移行していったギリシアの人々が、周辺に残っていた母系女権社会の部族をこのアマゾーンに象徴したと考えられています。順当に考えたらこれまで見て来たメドゥーサやエキドナと縁が深そうです。んが、そうでもない。巫女という線も浮かばないですし、蛇とも関係無さげです。

0704p.jpg
ヘーラクレースとアマゾーン

んが、いくつか気になる点はある。
まず、ヘーラクレースの試練ともなった「アマゾーンの女王ヒッポリテーの帯を取ってくる」なのですが、そもそも「帯を取ってくる」というのが謎です。アマゾーンとはいえ別に怪物ではなく人間ですので、何故その帯を取ってくるのが試練なのか。実際ヘーラクレースは当初「お願いして」片を付けてしまいます。「ちょうだい」と言ったら「いいよ」となったのです。何の試練か。これは結局ヘーラーが邪魔をして(アマゾーンに化けてヘーラクレースが女王を殺すつもりだとデマを流した)、戦闘、女王の殺害、となってしまいますが、その邪魔がなかったら単なるお使いだった。

ここで例えば日本などでも「帯」が「蛇」を象徴するところが気になります。壷絵のメドゥーサの帯も蛇でした。また、彼女たちの住処は黒海沿岸、アナトリアの北岸地帯とされます。アルゴー船の目的地コルキスの方ですね。この頁はじめに上げたアプロディーテーに呪われて旦那衆をぶっ殺しちゃった女たちの村はこのアルゴナウタイの話に出てきます。彼らがその村についたら女しかいなかった、というわけでタイヘンなことに(笑)なるのですが、これはアマゾーンを連想させる。

さらに、このアマゾーンはヘロドトスの報告する「女戦士の部族」のことともされますが、彼はこの女戦士の部族がスキタイと北アフリカにいると言っている。スキタイは黒海の北ですので、上に見たアマゾーンとはつながりますね。で、問題は北アフリカです。ここはラードーンと黄金の林檎の舞台なんですよ。アトラスが出てきましたね。このアトラスがいたからアトラス山脈というのです。

そのアトラスの娘達が黄金の林檎の木を護っていたヘスペリデス(神の娘)達です。そこにアフリカン・アマゾーンがいたという。しかも林檎探索の初っ端にはアレースの横槍が入っている。なんでしょうね、この符合は(笑)。

「金」というのも気になります。「ゴールド」のことです。スキタイと言ったら金細工です。アルゴー船の目的金毛羊の皮とは(その後それがなんに使われたのかさっぱり記されていないのですが)「金」そのもののことを言っているという人もいる。

0704n.jpg
スキタイの金細工

じゃあ黄金の林檎はどうか。これはゼウスとヘーラーの結婚を祝してゲーが贈ったと言う。エデンの林檎にも似ている。知恵の実か、はたまた命の実か。ギリシア的に言ったら「予言」の実ですね。テューポーンが運命の女神からせしめようとした運命の木の実のイメージが近い。しかし一方で「金」というのには「不死」のイメージが重なるのです。

タピオスから男子プテレラーオスが生まれた。彼をポセイドーンはその頭に黄金の毛髪を植えて不死とした。
(中略)
(アムピトリュオーンは)プテレラーオスが生きている間はタポスを陥れることはできなかったが、プテレラーオスの娘コマイトーがアムピトリュオーンに恋して、父の頭から黄金の毛を取り去ったので、プテレラーオスは死に、彼は全諸島を手中に収めた。
−−−−アポロドーロス『ギリシア神話』

詳細は省きますが、こういうのがあるのです。アムピトリュオーンはヘーラクレースの義父(本当の父がゼウスだから)ですね。
アトラス・北アフリカは金の産出地、ないし経由地と考えられていたのかしら。うーむ、ワカラン。もし「金」でつながるならこれはこれですっきりする。前にも述べましたが、坑道というのは蛇穴として竜蛇のイメージとつながる。これは世界的にそうです。大体「地下のお宝」はドラゴンが護っている。特にこれから行くヨーロッパではそうです。

で、あるならば、ラードーンと金毛羊のドラゴンとはこの金鉱山の象徴になります。だからこれを倒してもしょうがない。金を取ってくるのが目的なのです。ドラゴンを倒すのが目的ではなかった、という先の指摘はここでつながります。エキドナはメドゥーサなどにも連なる大地母神の系譜でしょうから、大地のお宝を護るために、彼女の子のドラゴンがいるのは合点が行く。相変わらずアレースは浮きますが。

いずれにしても先に述べた様に「りゅう座」がラードーンであるなら、一番有名なドラゴンであって良いはずです。「りゅう座」はテューポーンでもピュートーンでもヒュドラーでもない(ヒュドラーはうみへび座になってますが……あれ?海蛇?)。なのに、こうして謎の多いドラゴンなんですね。

そんな感じで。
ラードーンパートでは、そんな「はまらないピース」の行方を紹介してみました。ギリシア学数千年を前にしたギリシア学十日(笑)のおバカな疑問なんで、とっくに解決されてるかもですが、その辺の検討も含めて今後の課題というところですね(笑)。

しかし、ギリシアのドラゴンたちも、こういった全体の構成が指し示す「役割」というのを持っている様に思います。そこを個々のエピソードだけコレクションしていても、その本質は見えない。無論ギリシアに限らずどこもそうなのでしょうが。いずれにしても表のパンテオンがアテーナーと彼女のプロデュースする英雄たちが織りなすところにギリシア神話のキモがあることは間違いない。そして、おそらくその鏡像となるエキドナを中心とした、モンスターたちのパンテオンとそれぞれの役割が解けた時に、ギリシアの神話はその深層を開示する様に思います。

ドラコーン  

「ドラゴン(dragon)」。この語がギリシアの大蛇を意味する「ドラコーン(δρακων)」に由来することは最初に指摘しました。そして、この語はまた「よく見る」を意味する語に由来するともいわれます。この祖型の語の一つ(と考えられている)「δερκομαι(デルコマイ?)」を引きますと、
1.見る、はっきりと見る、注視する、認める
2.(目などが)輝く
とあります(『ギリシア語辞典』大学書林刊)。

また、『英米故事伝説辞典』(冨山房刊)によりますと、

Dragon 竜。もとギリシア語のdrakonから出た語で 'see clearly','watch' などを意味する。伝奇的な巨大な怪物でうろこをつけ、へびの尾とつばさと恐るべきつめがあり、口からは火を吐いている。したがって、serpent(へび)とdragonという語はしばしば混同して用いられる。

とあり、また参考として

dragonはまた伝説的に宝物の番人をすると考えられたことから、「厳重な監視者」「女目付け」「付き添いの老女」などの意味を表す。

とあります。

これらの「見る・視線」というのが蛇のどのへんの「見る・視線」なのかというのも良く分かりませんが、これまでに見て来た様にギリシアの蛇・ドラゴンには二つの「視線」があります。

ひとつは「見張り」としてのドラゴン。もうひとつはメドゥーサの視線。彼女の「仮面」は見るものを石化させる恐ろしさであったことから転じて、彼女の視線が見たものを石化させる、とされ、邪なるものを排する破邪のレリーフとして神殿を縁取ったのでした。それはまた、縁の深いエジプトの蛇女神ウアジェトがホルスの目のシンボルとなり、蛇の女神が王を見守っていたことを思い起こさせます。

長くなりました「ドラゴン:ギリシア」ですが、ようやく大詰めです。彼の地のドラゴンは、やはり大地母神とのつながりが強い。他地域の洪水を起こすドラゴンや風雨を司るドラゴンも、もとは母神が居たりもしますが、その活動時には単独の「ドラゴン」として出てくる。

しかし、ギリシアのドラゴンは背後に母なる神の姿がずっとちらつきます。それは、もともとこの地が大地母神と彼女に託宣を乞う蛇巫女の治める地であり、その経路を「お使いする」のが蛇であった、という原初の光景が保持されているからなのでしょう。

そもそもの託宣とは一義的なもので、それをもたらす蛇と蛇巫女の関係も安定したものでした。それはデルポイがピュートーと呼ばれていた頃、もしくはクレータ島であの蛇巫女たちが活躍していた頃の光景が示します。

しかし、この母系女権文化に父系男権のシステムがオーバーラップしていく過程で、女神に分化が起こりました。一方が英雄を育むキングメーカー・アテーナーへと結晶していき、古層の蛇巫女としての彼女の性質はメドゥーサとしてパージされることとなります。

ここが重要なのですが、アテーナーはキングメーカーとして英雄達を育てるのですが、メドゥーサをパージしたと言ってもその知恵の源泉はやはり「蛇の知恵」なのです。それを示すのが続くエキドナを母としてなるモンスターのパンテオンなのでしょうね。

0704r.jpg
アテーナーとエキドナの両義性

つまり、エキドナは「敵」となるモンスターを生み出したのではありますが、まさにその「敵」モンスターによって英雄は英雄となるのです。アテーナーは英雄となる方法としての知恵を彼らに与えますが、その知恵を用いるための(乗り越えるための)試練の対象をエキドナが与えているのです。

この両輪があって初めて英雄が誕生するのだということはお分かりでしょう。アテーナーとエキドナとはやはり両義的に通じています。かつて蛇巫女の時代、直に蛇が人に与えていた蛇の知恵は、英雄の時代には英雄の敵となるドラゴンという形で彼らに蛇の知恵を与えるのです。ギリシアにおける対称性の知恵ですね。

ドラゴンは英雄を「見張り」、近づけばこれの妨害者となる。女神は英雄を「見守り」、彼らの行く末を照らす。この対極が「王を生み出す蛇の知恵」の両義として働く時、それが続く時代のドラゴンの基層を成して行きます。
彼らは「単なる怪物」ではない。われわれはそこに悪魔の起源を覗くことになるでしょう。

おまけ  

それでは最後におまけのコーナーです。
ギリシア神話と言ったら星座。これまでのお話に絡むものを中心にいくつかの星座をご紹介します。都会で見えない方は……まあ、今は優れたプラネタリウムソフトがありますんで、お探しになって(笑)。

Macの方は以下に使わせていただいた画像のもとである"Stellarium 0.10.2, Universal"がよろしいんじゃないでしょうか(フリーソフト)。Macosx 10.3.9から対応です。英語版なので星座名も英語ですが、そこはwikipediaの「星座」のページにリストがありますので、見比べつつ。

おとめ座
へびつかい座
ヘルクレス座
ケンタウルス座

おおよそ今(7月初頭)現在の20時頃の東京の南の夜空です。おとめ座に非常に明るいスピカがありますので、そこを基準に探していくと良いでしょう。

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0705Sa.jpg

0705Sb.jpgおとめ座の「乙女」がどの乙女?と言いますならば、特に決定はしないで良いみたいですね。アテーナーも含めてその土地で大事にされている女神をそれぞれあてたら良い、という感じで。ギリシアも中々粋です。ぶっちゃけるとギリシアより古いバビロニア由来だからだという話もありますが(笑)。

へびつかい座はアテーナーからゴルゴーンの血を授かった医の神アスクレーピオスです。お供の蛇がへび座としてへびつかい座には一体化してますな。双方含めると全天でも最大規模の星座となります。

ヘルクレス座。ヘーラクレースを星座業界(?)ではこう書く様です。上の絵はヒュドラーと奮戦している模様ですね。必ずしも皆そう描かれるわけではないですが。ヒュドラーは「うみへび座」として別にあります。

地平線(水平線)に半分くらいケンタウルス座が見えてますが、実際日本本州からはまず見えないでしょう。英雄達の師匠ケイローンですね。なぜか狼を狩ってますが何の狼か分かりません。ケンタウルス座には太陽からもっとも近い恒星αケンタウリがあります。

りゅう座
ケフェウス座
カシオペア座

同時刻の(7月初頭)20時頃の東京の北の夜空です。北の空は北斗七星とか北極星とかこのカシオペアとか目印が分かりやすいでしょう。

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0705Na.jpg

0705Nb.jpgヘラクレスの下のりゅう座がラードーンです。本文にも書いた通り、金毛羊の皮を護るドラゴンとも、カドモス王のドラゴンとも言われます。英名でもドラゴンの語源のズバリ「Draco」座となります。

ケフェウス座とはアンドロメダーの父、エティオピアの王ケーペウスのこと。その下に(というか隣に)いるのが妻、カッシエペイア(カシオペア座)。このかーちゃんが「オーホッホッホッ」をやらかしちゃったのでアンドロメダーは貼付けられちゃったのでした。

アンドロメダ座
ペルセウス座
ぎょしゃ座

北の空はすぐ全体が見えるので続いて見てしまいます。1月頃の同時刻の東京の北の空です。

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0105Na.jpg

0105Nb.jpgかわいそうなアンドロメダーが貼付けられてますな。下にうっすらと上で見た両親を入れておきましたが、一生懸命繋げてるとこも結構あるのですよ、星座のお話も。芸が細かい、というか、「星つないでも、そんな風に見えねえよ」とお思いかもですが、良いのです。星座というのは「読む」ものなんですね。天空の書物なのです。

これはさらに続きまして、ペルセウスが横にいます。メドゥーサの首を持ってますね。

さらにお隣の「ぎょしゃ座」は続きではないですがエリクトニオスです。アテーナイの初期の王にいた、蛇と一緒に甕に入れられてアテーナーに育てられた王でした。彼はギリシア式戦車を発明したとされるので、馭者とされています。

やたて座
わし座
やぎ座
ペガスス座

10月頭の20時頃の東京の南の夜空です。時間によりけりですが、この時間なら「夏の大三角形」がよく見えますから、そこから探していきます。

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1005Sa.jpg

1005Sb.jpgたて座は17Cに作られた比較的新しい星座なので、直接神話には結びつけられませんが、アテーナーのあの最強の楯「アイギスの楯」を念頭に置かずにこの星座を作ったとは思えませんね(笑)。

わし座は、人に火を与えたかどで無限磔の刑にされていたプロメーテウスをつついていた、いわゆる「刑場の山鷲」です。ただのワシではなくて、エキドナとテューポーンの子の一人のモンスターですね。このわし座のアルタイルとこと座のベガ、はくちょう座のデネブをつなぐのがいわゆる「夏の大三角形」です。

やぎ座のヤギとは、パーン神のこと。テューポーンが天界へ攻め上った時に神々が驚いて動物の姿に変じてエジプトに逃れた、というお話をしましたが、そこにあった一番慌てふためいちゃったのがパーン神。やぎ座とは「パニック」の姿に他ならないのですね(やぎ座の人ごめんなさいね…笑)。

ペガスス座はペーガソスのこと。メドゥーサの首から流れた血と海(ポセイドーン)が交わって生まれたとされます。「馬」というのがポセイドーンのシンボルなので、ペーガソスはどちらかと言えば父よりの子でしょうかね。

くじら座
おひつじ座
おうし座

1月頭の20時頃の東京の南の夜空です。今回絡みませんで出てきませんが、すぐ左に誰でも見つかるオリオン座がありますから、そこからたどると良いでしょう。

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0105Sa.jpg

0105Sb.jpgくじら座というのがアンドロメダーとペルセウスに襲いかかったポセイドーンの放った怪物のことです。本編で見た壷絵などの様に、どう見てもドラゴンなんですが、当時は鯨もそういった怪物の範疇で似たり寄ったりだったのかしらね。実際アンドロメダーのお話の訳で「化け鯨」と書かれているものもあります。

おひつじ座というのがアルゴナウタイの目的だった金毛羊のことです。一説にテューポーン襲来時にゼウスが羊に化けて逃げたんだともされ、その羊だともされる様です(笑)。

おうし座はカドモス王のところで述べたフェニキアの姫エウローペーを攫う時にゼウスが化けた牛。姫様攫うのに牛に化けるゼウスもゼウスですが、「まあ、素敵な牛さん」とついてっちゃうエウローペーもどうなのよ、というお話。ちなみにこの二人が行ったのがクレータ島。はじめから牛づいてる島なのです。

うみへび座
かに座
しし座
からす座
アルゴー座

4月頭の20時頃の東京の南の夜空です。この時間ですと右に冬の大三角がきれいに見えてますね。シリウスは東京の空でもよく見えますから(笑)、その辺りからたどります。

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0405Sa.jpg

0405Sb.jpgうみへび座がヒュドラーだとされます。全然多頭じゃないですね。本文に述べた通り、そのまま「水蛇」という意味の名なので、海蛇まで含めてデカイのはみんなヒュドラーだったのかもしれません。

かに座はヘーラクレースvsヒュドラー戦でヘーラクレースのお邪魔に入ったヘーラーの化けた大蟹のこと。なんで星座になるのかしらね。ヘーラーにとっても黒歴史っぽいような…(笑)。

しし座も単なるライオンではなく、エキドナとテューポーンの子であるところのネメアの獅子のこと。ヘーラクレースの第一の試練の相手となったモンスターです。あ、wikipediaにヘーラクレースの試練に出たモンスターは皆星座になる約束があったのだと書いてある。だから蟹もか。

からす座はアポローンのお使いの鴉。アポローンの恋人の不倫を告げて、もともと白かったのを黒くされた挙げ句、殺されてしまった。もっとも、それは鴉のデマだったから、というお話もあります。
ちなみにアポローンは太陽神ですが、太陽と鴉というのはなぜかつながる。日本の八咫烏もそうですが、アメリカ方面はおろか、現代の統合失調症の症状にまで「太陽に鴉がいる」と言い出す症例がある。なんでしょね。

真下に巨大な舳先を突き出しつつあるのがアルゴー座。アルゴー座とはあのイアーソンのアルゴー船のことですが、今はこういう星座はないです。無いと言うか巨大過ぎて分割されちゃったのですね。今は、りゅうこつ座、とも座、ほ座、らしんばん座です。もっとも日本本州からはほとんど見えません。沖縄で大体見えるのかしら。ソフトのシミュレートだとオーストラリアのアリススプリングスだとドドーンと全体が見えました(笑)。

てな感じで。大体この頁に出て来た連中は網羅したかしら。星座もスゲイたくさんあるので、また完全を期すとか言うとあれなんですが。ま、おまけですんで。

ちょっと晴れた夜空が見えたら探してみたらよろしいんじゃないでしょうか。

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